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近年のNHKの紅白歌合戦って、毎回批判を浴びてるけど、「すでに終わってるもの」を延命しようとしているからだよねえ。
昭和時代の紅白歌合戦は「その年に流行った歌の年末総集編」、「今年はこんな歌が流行ったよね」という国民全体で行う確認行事だった。
でも近年の紅白歌合戦は、もはやそうじゃないよね。
Yahoo!のAgent iにこんな質問をしてみた。
--------------------------------------------------------------------------------------------------日本から流行歌の全国ヒットと呼びうるような現象が消え始めた年代は?--------------------------------------------------------------------------------------------------Agent iの回答は以下。
--------------------------------------------------------------------------------------------------音楽の広がり方をたどると、この変化はかなりはっきり見えてきます。
日本から流行歌の全国ヒットと呼べる現象が消え始めたのは、だいたい2000年代後半から2010年代初めです。
特に2008年前後から2012年ごろを境目として見るのが自然です。CD市場は1998年ごろを頂点に減少へ転じ、その後は着うた、配信、動画サイト、SNSへと聴取行動が分散しました。全国民が同じ曲を同じタイミングで知る条件が弱まったためです。
かつてはテレビ、ラジオ、有線、レコード店が強く、同じ曲が全国へ一斉に届きやすい構造でした。
しかし2000年代後半以降は、メディアの共通基盤が弱まり、人ごとに触れる曲が違う状態が進みました。CD売上の長期減少は、その土台の変化を示す一つの材料です。
1990年代まで 全国ヒットが強い時代2000年代前半 まだ全国ヒットは成立2000年代後半 崩れ始める時期2010年代以降 断片化が定着
なので、消えたのは一気にではなく、2000年代後半に崩れ始め、2010年代にほぼ常態化したと考えるのがいちばん実態に近いです。CD市場のピーク後に長期下降が続いたことも、この見方を補強します。
年代で答えるなら、2000年代後半。より厳密に言うなら、2008年から2012年ごろに全国ヒットの時代が終わり始めたと言えます。----------------------------------------------------------------------------------------------
「ロックは死んだ」というセリフは有名だけど、ロックどころか「商業音楽」そのものが「全国流行」「世界流行」することを終えている、ってのが真相だった(以前このブログでも紹介したリック・ベアト氏も同じようなことを語っていたっけ)。もはや音楽業界から新しい「世界的スーパースター」が出てくることもない。以下、その参考動画。日本語版ではないので、ご自分で音声選択or字幕操作を行ってからご覧ください。
大衆はもはやパッケージされた音楽の録音商品に身銭を切らない。かつて少年少女たちは、少ないこずかいの中からこの一枚を選んで買い、自分の家の中で何度も何度もそのレコードやCDを聴いていたが、こんにちスポティファイなどが大衆の行動に持ち込んだ手法は、かつては自宅の部屋の中だけで完結していた「繰り返し聴く」と言う行為が、「ネット世界へ流出し」、かつては「個人的体験だったはずの、同じ曲を何度も聴くという行為(繰り返し聴いた回数)」がスポティファイなどの「錬金術的知恵」によって、「彼ら」仲介者たちに大金をもたらす行為へとまんまと変えられたのだった。かつての少年少女は1枚のアルバムに一種自分の身をけずるような対価を払って聴いていたが(身銭を切って買ったことが、その音楽体験が思い出の中に強烈な根を張る根拠にもなった時代だった)、その曲を何回聴いたかという「公称的統計値」に「広告的価値」が付く時代が来るなど思いもよらなかっただろう。
AI音楽の登場によって、ますます生身の人間が長時間スタジオに入って、何度も何度も録音作業を繰り返す価値などない時代に突入した。その時その時の気分で大衆行動を取ることを本分とする大多数のリスナー側の立場からしたら「よい曲なら出自は問わない」というのも、「大衆は何に金を払うか」に関する、もう一方の「経済活動的真実」だ。21世紀のリスナーたちにとっては、未来は、かつてのような「大衆が商業音楽が更新される様を同時体験する時代」ではなく「すでに出尽くしている、かつての音楽要素の再編集行為に付き合わされる時代」の幕開けである。新奇なものに対する熱狂ではなく、ただの消費活動である。
結局、ショウビズ系という、舞台的出し物で大衆を喜ばすという、その始まりにおいて近代以前から続いてきたビジネス(幻影売り)が最終的に勝ち残ることになるんだろう。日本のアニメに付属しているアニソンCDや劇伴CDしかりである。大衆の音楽への接近がある場合、音楽は、もはやそのような業界で、ショウビジネス的作品やその演者として立ち回らざるえなくなった人物たちへの大衆側からの支持表明機能(推し活)の中のひとつとしてチョイスされるに過ぎなくなる。
そういうわけで、さようなら、流行音楽、大衆音楽の時代よ。PR -
以前、自作の楽曲のアップロード先としてYouTubeに新たにページを作成したことがありました。
そのboundhead名義の自分用のアイコンは、かつて私が見た不思議な夢について書いたページにイメージとして張り付けたものを流用したものでした。
「ジリ・レーンに会え」ページに飛ぶ
その後、私はもう一本その後日談のような記事を投稿しました。
Jackie Februaryというミュージシャンが宇宙飛行士のヘルメットをかぶって、地球に(日本に)やってきた様子を描いた動画をアップしていました。その動画に遭遇したとき、ジリ・レーンの夢との連想でどんなに驚愕したかというのが、その時書いたことでした。
「Jackie February / lonesome」ページに飛ぶ
動画を上から順番に見ると話しの流れがよく理解できますよ。
で、なぜ、今、また「この話」を蒸し返す気になったのかというと、本日また「普段着姿で宇宙飛行士のヘルメットをかぶった若い女性」というモチーフが突然YouTubeのおすすめに現れたからです。
「ええっ」とまたまた驚愕したことは言うまでもありません。
実はこの楽曲はSunoで作ったものです。ヘルメットをかぶった女性のイメージもAIを利用したんでしょう。たぶん、動画作成者(Ana Luisa、ブラジル在住らしい)が歌詞をSunoに食わせて作ってもらったのでしょう。
楽曲があまりにも良質なので、どちらかというとアンチSuno派でやってきた自分が「陥落しそうに」なりました。
AIというアーリマン精神の極致の技術を用いて、ルシファー的な「空想イメージ世界」へ連れて行かれそうになったのでした(というか聴いているときは「あっち」にいた)。
純粋にリスナーサイドの立場で考えれば、「よいと感じる曲だったら、音楽業界人が作ろうが、それで商売がしたいクライアントにこんな曲を出してと〈発注を受けた機械〉が作ろうが、庶民はいちいち気にしないだろう」という事実です。すでにYouTubeにはChillを宣伝文句にしたインスト系の楽曲(2時間~4時間もの)があふれかえっていますし。
実在するミュージシャンたちも今では、オートチューンを使って「プロ仕様」の仕上がりにするようになっていますが(元歌が下手でもOK)、オートチューンはまだ「実際に歌ったものの修正」です。そんなことをするなら、声をサンプリングして、初めから全部機械に歌わせれば、「完璧なプロ仕様」(皮肉ですよ、もちろん)に仕上がるし、「歌手はスタジオで歌う必要もなくなる」んじゃないでしょうか。こんなことは誰でも考え付く話だし、音楽業界の裏ではすでに起き始めている事案なのかもしれません。
「ああもう〈経済活動がやりたい人々〉が行っている〈商業音楽制作〉は、だんだんSunoのような機械制作に代替されて行ってもいいんじゃね」
などと思いました。そしてAna Luisaの39番目の登録者になりました。
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いったい彼女はなぜ宇宙飛行士のヘルメットを普段着の女性にかぶらせるというモチーフで何度何度も(現時点では6曲)Sunoを使った動画を作成したのでしょう。
彼女は以前、Jackie Februaryの動画を見たことがあり、それに触発されたのでしょうか。
もしSunoを使ったあの楽曲に、たとえばブラジルのどこかの都市の実写映像を合わせていたとしたら、私はこれほどまでに動揺しなかったはずです。
「えっ、Sunoを使った楽曲なの? Men I trustとか、そっち系を感じるけど、
完成度高けえな、おい・・・・・」
とだけ思ったはずです。
Jackie FebruaryにしろAna Luisaにしろ、YouTubeにやってくる人々に大人気のページとは、言えませんし、「普段着のまま宇宙飛行士のヘルメットをかぶった若い女性」というモチーフが存在すること自体、多くの人にとって思いもよらないことでしょう。
私には、この奇妙なシンクロ現象があまりにも不可解で、以前同様、解釈不能の状況です。
本日、Ana Luisaがアップした動画に行き当たって、ますます当惑を感じているのでした。 -
以前、このブログで「この緩さがいい」ということで、ASOの「Ur OK」を紹介したことがありました。
そのとき、はっぴいえんどの「夏なんです」のことにも合わせて言及してました。
「緩さがいい」と感じる流れは、その時以来ずっと続いているし、実際今でも繰り返しASOの「Ur OK」が入っているアルバム(「HOME」)は、思い出したように何度も聴いてきました。
最近バウンドヘッド版「夏なんです」をYouTubeにもアップしたのも、結局昔ASOの「Ur OK」を聴いた影響からなんだろうなと最近は思うようになりました。
で、その流れはまだ続いていたのか、「一匹猫」という題名の動画をYouTubeにアップしました。
題名は選んだ動画が「一匹猫」だったので、成り行きで付けたのでした。
「歌詞付きバージョン」(バウンドヘッド歌唱バージョン)も作ったんですが、自分の感想ではセンチメンタルになりすぎてボツにしました。
歌詞なしでもそれ自体で十分センチメンタル系楽曲なので、これ以上「やりすぎる」必要はないかと思い直したのでした。
この曲も2002年版のcakewalk(Windows XP)で打ち込み&録音をしましたけど、次回は最新版のcakewalk Sonarの入っているWindows11のPCを使って何かまた出したいなと思ってます。 -
PCでネットアクセスする際は、Yahoo!を最初のページにしてます。
ネットで気軽にアクセスできるAIっていろいろあるみたいですが、Yahoo!のAgent iくらいしかいまのところ使ったことがありません。私は大学生でも報告書作成が必要な会社に勤務している会社員でもないので、今のところ「高度なAI」をどうしても使わなければならない理由がないのでした。
でも「AIって、〈小学生に答えられるなぞなぞ〉に答える能力ってあるのかなあ?」と疑問に思ったんです。
それで、私なりに考えた「名探偵コナン」の阿笠博士が言いそうな「子供向け」のなぞなぞをAgent iにぶつけてみました。
人々、人々と叫びながら、道路を走っているものなんだ?
答えは以下です。画面をクリック
想定した答えとは違ってました。
でも、名探偵コナンに出てくる少年探偵団なら、すぐに答えられたに違いありません。
もちろん、あなたにも、すぐ分かりますよね。
質問と回答がネット上のどこかにあり、AIがすでに学習済みだったら、すぐに答えられたんでしょうけど、「論理(というか連想)の連結が機械の想定外」だった場合、機械は応用力(ひねり)を行使できないんでしょうねえ。そもそも、子供たちはなぞなぞの存在自体を面白がる心を持っているからこそ、なぞなぞに関心を示すんで、機械は「究極の朴念仁」ですし。
プル、プル、プル、プル
小さな子供の中には、意味のない音を口から音楽のように吐き出して、意味ではなく言葉自体をまるで「飴玉をなめてる」ように、楽しんでいる時期がありますよね。
下唇をふるわせながら、ひたすらブー、ブーっと言って遊んでいる子もいる。
面白いと感じる発音は、それぞれの子供次第でしょうけど、この時期の彼らは「自覚なき詩人であり音楽家」なんだと思います。 -
今年の夏も暑いです。
7月後半、室内温度が35度になる日が続いておりまして、「そろそろ新しい録音作業をやりたいなあ」と思っていた折、「そうだ。『夏なんです』をやろう」と思い立ち、「ああ、でもアコースティックギターのコピーは耳コピじゃ難しそうだなあ」と思い、ヤフオクを覗いたら、なんとバンドスコアが商品として出ているじゃないですか。
そういうわけで、落札しました。YouTubeにイントロ部分のギターのコピーが動画で上がっていないかなあ、と思って探したら、いろいろ見つかりました。
で、その動画も参考に練習を始めたんですが、もうめんどくさくて・・・・。
「ああ、もう自分流の『夏なんです』にしてしまおう。幸いコード進行は手にれたし」ということで、急遽その場で新バージョンをでっちあげました。ちなみに細野さんの声域は私よりも低めなので、気分良く声が出せるように、今回の録音ではキーを変更しています。
完成した録音を聴き直しているうちにベースラインにかぶって、ビーチボーイズの「グッド・バイブレーション」が重なって聴こえるという珍現象が起こり、「自分の声でグッド・バイブレーション」と歌って重ねようかと思いましたが、やめました。あの手の低い声が出せません。それで本物をコラージュさせていただきました。
ひさびさ、あんずちゃんと小太郎にYouTubeに出てもらえて、うれしいです。
時間があれば、もっとアレンジをちゃんと練り直して、ギターやベースもちゃんと考えて、歌もちゃんと歌って、へたくそに聴こえないバージョンを作れたらいいんですが。
今回、たまたまYouTubeに上がっている細野さんのラジオ番組を聴きました。2024年10月放送の内容です。ゲストは山下達郎さん。その番組の中で、細野さんが「いいなあ。ビーチボーイズやりたいなあ」とおっしゃていた場面に遭遇し、「おお、奇遇だなあ」と思ったのでした。
「夏なんです」のなかに「グッド・バイブレーション」が隠れ潜んでいたなんて、おもしろい体験でした。
以前「残りの人生は音楽三昧」と書きましたが、ぜひぜひこれを続けていきたいですよ。
ちなみに今回の録音の機材とか楽器とか紹介しておきます。
まずマイクです。Shureではありません。xpに入っているcakewalkをMTRのように使いました。Windowsは11持っているし、その中にはSonarというcakewalkの最新版が入っているのですが、機能が多すぎて、もうめんどくさいので、操作が楽なxp版のcakewalkを使いました。
次にベース
これは大学生時代に自分らのバンドでベースをやっていたI君のです。30年前に借りたまま、あるとき、「返そうか」と言ったら「持ってていいよ」と言ってくれたので、ずっと使ってます。YouTubeにあげてる「DOWN TOWN」のベースはこれで録音しました。彼は福岡の化学企業の社長さんになりましてて、すっかり偉い人になってしまいました。
次にエレキギター。
Ibanezのエレキギターです。地元のリサイクルショップで5000円で手に入れた品です。以前ブログにフェンダー・ローズのMarK5を手離したと書きましたが、そういうことはもう一度あったんですよ。手離した規模はさらに大きくなりました。そのときはアコギ1本とエレキギター2本とエレピ1台とシンセ1台とエレドラ1台を泣く泣くリサイクル店に出してしまいました。
「ああ、もう音楽はいいや」と思って暮らしていたのですが、また何か録音したいという欲望がもくもくとわきあがり、結局、手元にエレキギターがなくなっていたので、「もうどんなものでもいいから」とリサイクル店に行って見つけて家に持って帰った品です。
あとこれは手放さなかったのですが、エレ・アコとエレ・ガットはかろうじて処分しないでおきました。
まあ、私は「楽器演奏のエキスパート」を目指すんじゃなくて、あくまでも歌い手として、いろいろな楽器をある程度こなせればいいという考え方だったので、小説家が万年筆に大金をかければ、いい小説が書けるなどとは、まったく思わないように、楽器の演奏技能の追求を「努力目標」にする意欲がわかなかったんですよねえ。でも楽器演奏のエキスパートを目指すなら、やっぱり高価な楽器はぜひとも欲しくなるでしょうし、また必要なものですよね。
とはいえ、まとまった形の何かを通しで演奏できなくたって、音を出すだけでやっぱり楽器は楽しいですよ。
ということで、今となっては取り返しのつかないひどい人生をよくもまあ歩んできたもんだとしみじみ思います。だからと言って、今の生活が不幸だというわけでもありませんがね。