"近況"カテゴリーの記事一覧
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季節感覚というんでしょうか、「〇月か。じゃあそろそろ天候的には〇〇が起きる。そうすると〇〇が咲く」って思ってしまうってのがありますよね
子供時代にはごく弱く、年齢を重ねると強くなっていく、そういう「想起感覚」です。
例えば、3月に、続けて雨が降り出すと、「いよいよ暖かくなる合図だ」と分かります。こういうことは小さな子供時代にはまだ気が付きません。
小学3年生の自分だったら、1年には春夏秋冬がある、ということは認識できてますが、さらにそれを月ごとに分けて、〇月になったら、天候がこういうふうに変化して、庭には〇〇の花が咲くなんて、感覚はまだまだ身についていませんでした。
私の住んでいる地域では、毎年3月の3日か4日には、空がヒューヒューとうなり声をあげます。夜中にその風がうなる音を聴くと、「ああ今年もあの音を聴くことができたなあ」と思うのです。
でもそれ以降はまたこれまで通りの無音の風が吹く日常に戻る、そいういうことに気づくようになりました。
私の自宅はもともと木々や草花がうっそうとしていたんですが、病気になって以降、庭じまいというものを行いました。まあ、死ぬような病気でもないんです。これからあと30年も生きることになったら、どうしようと思うこともあります。
うっそうとしていた庭の木々を切って、あとでこの家を管理しなければならなくなる者たちが余計な出費をしなくて済むように早めに手を打っておこうと思ったのでした。
我が家の庭はかつては野生の猫たちの天然の涼み場だったのですが、夏場にはカンカンと日光が照り付ける場所に変わったので、猫たちは我が家の庭を通り過ぎるだけになりました。
かつては以下のような場面に遭遇して、「なに、これー。このカワイイ世界を無料で堪能できるなんて・・・」みたいな体験もできたんですが。以下GIFです。ノイズみたいなものが出てますが、画面をクリックすれば、きれいなGIFを見ることができますよ。
そういうわけで、かつては季節ごとにいろんな花が咲くのを見ることができたんですが、雑草や落ち葉の管理も大変ですし、大部分の木を切ってしまいました。庭の整理をしようと思った最大のきっかけは西側の隣家の家人から落ち葉の苦情がきたことでした。それでこの際だからということで、業者の人に来てもらって、大部分の木々を切ってもらったのでした。
それでも玄関先には、まだ椿の木が健在です。
写真ではだいぶ花が落ちてしまいました。
東側の花は赤い花が多く、西側の花は白やまだらが多くて、それらの花がポトンポトンと地面に落ちているので、気が付くたびに掃除をしています。
シュタイナー学徒だからなのか、この世のことは、不思議で不思議で仕方なく、理解しようと思っても、とても理解しきれないとますます思うようになりました。
結局何もわからないまま死ぬんだろうなあと。
若い人は今まさに「適応のための闘争を続けている真っ最中」なんでしょうけど。
知っているのは「AすればBになる」とか「Cの場合はDすればいい」とか「EしたかったらFしろ」とか、そういう表面的なこの世を生きるための適応術ばかりだったなあ、と。PR -
月ごとに最低2本は記事を投稿すると決めておきながら、なかなか思い通りにいかないです。調子のいいときは、ひと月に2本どころか、4本投稿したりしてますし。もー、ほんと気分屋ですよ。
最近、ひさびさに親戚関係で葬儀がありまして、車で一時間かけて神話の里高千穂町に行ってきました。伯父(私の父[次男]にとっては長兄)の奥様の葬儀です。88歳でした。伯父は5年前に他界しております。
浄土真宗系の葬儀です。伯父の時は、導師(お坊さん)として、ふっくらした年配のドイツ人の女性が金髪+眼鏡+袈裟姿で登場し、お経をあげてくださいました。「あの人は、国際結婚されて、住職の奥さんになった人だ」との話を聞いて「おー、これは珍しい。葬儀においてめったに出会えないような、とてもよい体験をした」と思ったのでした。今回は副住職との紹介を受けたハーフ顔の若いお兄さんが、導師を務められました。浄土真宗のお坊さんは、剃髪しないので、短めの茶色がかった髪の色をしておりました。寺の跡取りの息子さんなのでしょう。
帰りに葬儀場のすぐ近くにある高千穂神社に寄ってきました。宮崎交通の特別仕様バスが神社の駐車場に止まっていたので、上着を普段着に着替えてついふらふらと見にいきたくなったのが原因でした。
以下参考リンク
「侍ジャパン」をラッピングバスで送迎します。
そのついでに社殿にも寄ったのでした。ちなみに「このバス」に野球選手たちが乗ってきたわけではないので、誤解なきよう。
こんにちの高千穂神社は、観光客たちが立ち寄る名所のひとつになってます。でも、私の感想では、そのせいなのかどうか分かりませんが、どこか荒れてる感じがしました。その日も観光客でにぎわっていましたよ。中国語とかも飛び交ってました。
平成22年に秋篠宮家が参拝に来ていることが看板に出てました。
ちなみに私の地元延岡には観光地的にぎわいを感じるような神社はありません。なので規模の大きな神社はないんですが、私個人は春日神社が、小学生時代は仲間たちと境内で遊んでいた場所だったこともあり、子供時代からずっと清浄神秘に感じて、好きな神社です。
小学生時代の「遊び場」のひつとだったころの春日神社は、入り口が解放的で、遠くから社殿が見通せていました。開放的だったということは、子供が入り込みやすかったということです。以下はネットから拾ってきた写真。
「神様は風に乗って出入りする。」
しかし近年、写真で見ることのできる太鼓橋は撤去されて、代わりに下のようなりっぱな門が入り口に加えられました。かつて神社の敷地の北側(1枚目の写真で言うと太鼓橋のさらに右側)には西からずうっと水路が流れていましたが、蓋をかぶせられて、道路となり、元あった道と合体して今では暗渠となっています。
「非開放的な入り口空間」になってしまった「入り口」を初めて見たとき、悲しみのようなものを感じたのでした。「ああ、なんかもう気軽に入れない。身を縮めて門を抜けるような感じだなあ」。そう感じたのでした。なかなか、ほかの神社では、ついぞ見ることのできない太鼓橋。「社殿に至る入口前に子供受けする太鼓橋を配して、子供たちはいつも喜んでこの太鼓橋を渡ったのでした。けれども、もはや太鼓橋を渡って神社に入り込んで遊びを始める体験を今の子供たちは持つことができません。
大学生のころは、神武天皇を祭った宮崎神宮(上の写真)の近くに住んでました。きれいな神社です。毎日神社横を自転車で通りました。敷地が広大なので自転車で横を通り過ぎるまで結構な時間がかかりました。
延岡と宮崎の間にある、都農(つの)神社(上の写真)もよく行きました。この神社もなかなに広いです。祭神は大己貴命(オオナムチノミコト)、つまり大国主命なので、出雲系神社です。昭和時代の大昔、「ここから邇芸速日命(ニギハヤヒノミコト)の社を遥拝することができます」という趣旨の結構大き目の横長の看板がかかっていたんですが、90年代には撤去されてしまいした。私は神社に電話して理由を尋ねたのですが、「駐車場整備のためです」という返答でした。かつて「都農神社の敷地内の〈特定の場所〉から西の空を仰げば、ここから遠く山の上に鎮座している邇芸速日命のお社を拝することができる」という趣旨の看板が90年代以前まではかかっていたのです。
こんにち都農神社は観光地化が進んでますが、邇芸速日命の名前を参拝者たちに意識させる「仕掛け」はついに復活しないままです。
ふと万葉集の額田王の歌を思い出しました。三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情あらなも 隠さふべしや( 懐かしい三輪山をそんなにも隠すのか。せめて雲だけでも思いやりの心があって ほしい。そんなにも隠し続けてよいものか。)
三輪山は邇芸速日命の山です。P.S.今回の話題とはまったく関係ないんですが、ひさびさ「こんな道具あります」系の話題も最後に添えておきます。最近手に入れました。昔同じようなタイプのものを使っていたのですが、有線キーボードでした。今回はBluetooth化してたので、値段も安いし見つけた時点で即買いしました。あんまりこういうガジェットを使っている人はいないと思うんですが、フリック入力が苦手で、一個一個ひらがなを選んで文章を書いている人が、スマホで「長文」を書きたいときは、便利かもです。
見た目はもはや「極小PC」のごとし、です。
Bluetoothのキーボード。同じくBluetoothのマウスとイヤホンとセットで利用してます。自宅ではあまり使い道がないんですが(写真上部にPC用キーボードが写っている通り、普段は大画面のモニター見ていますからねえ)、「どこかへ出かけたとき」に利用しようと思います。 -
もうほんとボクは「寒がり」なので、変温動物の仲間ではないにもかかわらず、約3か月の間、あちこち動き回って、アレコレやるのは、「ほんとめんどくさい!」的な人間になってました。
以下は菊地朋貴の名曲「寒がり」。2007年にこのブログを始める以前、私はすでにブログ活動をしていました。その当時そのブログで「菊地朋貴推し記事」を書いたら、なんとご本人がコメントくださいました。でもほんとうにご本人だったか今となっては確信が持てません。そのブログは運営会社が撤退予告を出して結局なくなったので、いまや参照することもできません。2007年以前と言えば、村田和人関連の記事でパイパー(山本圭右)の周辺の人(女性)から、「音源があるからあげましょうか」とコメントもらった事件もあったっけ。結局音信不通になって沙汰やみになりましたけど。
ネット上のことだから、「本人かどうかも含め、話を本気にしちゃいけない」ってことでしょうねえ。とはいえ、今となっては「本物であれ偽物であれ、スクリーンショットをとっておけばよかったなあ」と「しまった感覚」に襲われています。
ということで、話を「近況」に戻すと、この冬は、ゴルフゲームをやるか、アニメを見るかぐらいしか「活動」できていませんでした(いやそれ活動じゃないだろという突っ込みが聞こえる)。
とはいえ、シュタイナー本の読書は(おもに再読)ずっと毎日やってはいましたけど。
でも最近のアニメはいささか食傷気味でして・・・・。つまり続きが見たいという欲求を引き起こす力がちょっと弱い感じなので、「それじゃあ代わりに」ということで、結局、以前見たアニメを再度見てました。
いいですねえ、「メシ食いながら見れるアホみたいなアニメ」(誉め言葉です)。笑いは「消化(≒解毒)を助けます」し。「気持ちを落とす系」を見るときは、メシ食ってちゃだめですよね。ちなみにシュタイナーによれば、古代(キリスト以前ですかね)において「神々は陽気な存在であるとみなされていた」、なんて話もあります。とはいえ、エドガー・ケイシーによれば、キリストは陽気な人だったようですし。彼のリーディングによれば、処刑の場面においてさえ悲壮感マシマシの人(神)ではなかったとのことです。
オーバーロード
転生したらスライムだった件
月が導く異世界道中
(Netflixにて)
これらは周期的に何度も見返してきたアニメ群ですが、そういうわけで、この冬もまた見てしまいました。
今は「嘆きの亡霊は引退したい」(こっちはAmazonで)を見直している最中です(当然メシ食いながら)。「嘆きの亡霊は引退したい」のオープニングの、ほかのアニメでは見られない独特の編集は、いつ見てもワクワクしてしまいますよねえ。杉田智和のナレーションとともに楽曲もすごくそのテンポと調和しているし、ほんとスゴい編集感覚だと思います。ちなみに14話以降の第2クール目も楽曲を変えて同じ構成を踏襲しています。以下に楽曲のみのバージョン(「葛藤Tomorrow / Lezel」)紹介していますが、このアニメの始まり方のほんとの良さは、番組開始に沿ってナレーションやその回の物語の一部が挿入され、途中で引っ込んだかのように見えたOPの楽曲がサビとともに再び戻ってきて、最後にそれぞれの要素が統合されてOPとして終了するまでの全体のかっこよさにあります。
この曲を聴くと「同時」につい思い出してしまうアニソンの名曲が、Solty Reiの「clover」(by meg rock)。聴き手に、なんかワクワク感を感じさせつつ、自分の内部に隠れている勇気みたいな感情を刺激していくような感覚をリスナーに喚起するところが似てますよ。
それにエンディングの「叫び声」を「音楽要素」にしてしまった「すくりぃむ!」。ティノが腕をあげてパタパタと羽ばたくような振り付けをみたとき、「おお、なんだこれはすばらしい」と感動というか、なんというか、「ここでそういう振り付けを入れるとは」と、とにかく感嘆したのでした。
ちなみに「嘆きの亡霊は引退したい」は、私のお気に入りアニメ「ティアムーン帝国物語」にも使われているモチーフ(相手が勝手にポジティブに誤解する)を存分に利用したアホアニメですよ。
と・は・い・え・・・・・
「冬期の活動報告」が「アニメを見てました」だけとか、
非生産的生き方極まれり、Death(です)。
去年の今頃、やっぱりブログに記事を投稿するのを怠っていて、「去年の年末からずっとゴルフゲームばかりしていました」みたいな言い訳を書いてたような気がします。
今年は年始から、やっぱりゴルフゲームやってました。とはいえPS2版でのグランドスラムを目指すという「目標」はブログでも書いてましたね。
でも、一日一試合と決めてやってきました。18ホールを終えるのに40分から50分かかります。時間をそれ以上ゲームには割かないってこともルールにしてやってます。
グランドスラム達成まで35の試合会場あるので(一応前へは進めたものの、入賞の試合は優勝目指して再度挑戦予定)、毎日やってもひと月では終わりません。
で、いまようやっと終わりが見えてきました。
PS2版の試合はほぼ全部録画する計画で始めたので、上の写真のような感じです。最初の試合をクリアしてから「あ、録画しよう」と思い立ったので、最初の試合は録画できてません。
途中から録画機材を変え、さらにその途中でゲームパッドを無線式にも変えました。
このゴルフゲーム、ある程度上達すると「プログラム側が適宜忖度モードを発動するなあ」と感じます。接待ゴルフでクライアントにわざと勝たせるような、アレです。
とはいえ、ほんとにへたくそなら(いつも+10以上になれないようなレベルだったら)、プログラムがそんなことをしてくれているとは感じないでしょうが・・・・・。
そういうわけで、PC版で1年間修業して、それぞれのコースの攻め方もすでに自分なりの方法が出来上がっているので、PS2版では、ほぼ毎回負けずに、とはいえ場合によってはぎりぎりセーフで(忖度モードのお世話にもなりながら)進んでます。
音楽活動の方は、やっと暖かくなってきたので、「みのむしモード」を脱して、録音作業再開したいと思ってます。
秘教学徒再開については、いまのところ「人智学ラボさんの動画を楽しみに見てるだけでいいや」的なマインドになってるので、やるにしてもいつになるか分かりません。
人智学ラボさんが参照元にしているルドルフ・シュタイナーのアーカイブサイト、ほんと便利になってますねえ。
英語版もドイツ語版も見れるし、PDF印刷支援機能もある。Chromeの翻訳機能と合わせて使うと、外観が日本語版仕様に変化するし。
それで以下のようにPDF印刷機能を使って16ページ分印刷して、それをホチキスで綴じてみました(エーテル界におけるキリストの再出現 10.個々の霊的存在と世界の分割されない基盤:パート1 GA178)。
今回の印刷では、最初に奇数ページを印刷して、二度目に裏側に偶数ページを印刷してます。
この章、なかなか興味深い話が出て来ますよ。
P.S.
ちなみにページを日本語化するときは、Chromeの右上に出てくる翻訳アイコンを押して、読むのがおすすめです。ページトップ右端ではなく、中段右カラムに出てくる翻訳機能を使うと、ものすごくひどい日本語訳になってしまうので、お気をつけください。将来、再度利用したとき、「改善」されていることを期待してます。
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去年、私にとって「家族問題」でもっとも衝撃的だった事件は、5月、大阪で5歳の女の子が、自分の目の前で父が母を刃物で刺し殺す場面に遭遇し、続いて自分も背中から肺に達する刺し傷を負わされて倒れ(そのとき父親は娘が亡くなったと思ったか)、今度は父親自身が刃物で自害して倒れ伏してしまった部屋で、両親の死体とともに数日過ごし、夜を明かし、ついに、それまでどうしていいか分からないで両親のそばにいた「5歳の女の子の心」が外に出ようと決断して近所に助けを求めた、というものだった。数日間、家から出ずに両親の遺体のそばにいた彼女が何を感じて長い長い時間を「がまん」して暮らしていたのか私は空想した。
最近の事件では、36歳の母親が、夫からすれば無人だったはずの自宅で高校生の息子と小学生の二人の息子とともに心中した事件もショックだった。そのあとも年が明ける直前まで、別の地域で起こった母子心中の報道がいくつか続いた。
最近はニュースはYahoo!のポータルサイトで見ているが、去年「5歳の女の子」の記事に出会って以降、「主なニュース」が並ぶ上段の記事ではなく、その下に出てくる記事に「家族間の事件」を扱う記事が一日数件、毎日のように載るようになっていることに気がついた。
昔「その欄」は、写真がひろゆきだらけになっていることがあって、当ブログで「気持ち悪い」とわざわざYahoo!のポータルの編集方針に疑問をぶつけたことがあったが、最近はあのころと記事の傾向が変わっている。
それでこの取り残された5歳の女の子の報道記事をきっかけに、試しにYahoo!の「家族間の事件」を扱った記事をPCのメモ帳に転記して集め始めたら、ひと月で膨大な数になった。それを去年の12月まで続けたのだが、毎日毎日、日本のどこかで、夫婦間で、親子間で、兄弟姉妹間で、「暴力&殺人事件」や「死体放置事件」や「心中事件」が起きていて、もうほんとにいやになったので、記事を集めるのは去年でやめにして、集めた記事も削除してしまった。
こんな記事ばかり集めて読んでいたら気分が悪くなるばかりだし、熱心に記事を読んでいる自分の周りに悪霊さえ寄ってきかねないと思ったのだった。
Yahoo!は、なんでこれほどまでに家族間の事件を頻繁に取り上げるようになったんだろう。統計的に過去に比べて家族問題が急に増えたというわけではあるまいにと思う。「彼ら」の編集方針に、何か隠れた意図でもあるんだろうか、とまで疑ったほどだった。
ちなみに実話めかして感動的な話を聞かせてくれる、いわゆる嘘松系の書き手が(アニメ銀魂の「自動車教習編」はそれをメタ次元で指摘してくれているいい教材だ)2チャンネル全盛時代に暗躍したものだが、この手の文芸の才能のある者たちの一部は、こんにちYouTube事業を手がける大小あまたある企画事務所の雇われ作家として、人情話や都市伝説、恋愛コンテンツから占いにいたるまで、それどころか、すでにあらゆる領域であれやこれやの作り話の台本を書き、企画事務所の雇われ者である動画作成担当者に渡しているんだろう。
「次は〇〇のテーマで15分用の台本を作れ」という指令のもと、締め切りに追われながら「作り話」の台本を書き、動画作成者がそれをもとに動画を作り、「この絵を見てAと思った人はこれこれの可能性があり、Bと思った人は、こういう傾向がある」とかなんとか…、そのような話を真に受けて真剣に動画に付き合っている視聴者たちをカモにして稼いでる。
オールドメディアからニューメディアまで、結局、「言葉で騙して稼ぐ」という手法に違いはない。重要なのは「一か所に人(耳目)を集める」ことなのだから。人(企業が商品を売りつけたい相手)を一か所に集めるから、視聴者に企業CMを見せませんか、CMは売り上げに大貢献してくれるでしょう」。そう言って「企業という本来の顧客(これもまたカモ)」相手に法外な広告料を吹っ掛けてきた。かつてメディアがマス(巨大)化していく時代にこの手法(金の集め方)を考え付いた人物(西洋人の誰か)は、すばらしいアイデアマンだったのであり、希代の詐欺師だったとも言える。
Yahoo!に載る記事の話に戻ろう。「彼ら」が事件として載せている記事のなかには「ある都市の夫が妻を殴った」いう趣旨の実名なしの話があり、ただの夫婦喧嘩なのに、なぜこの程度の話まで全国に「さらす」(報道する)のか理解に苦しむような編集方針ではあった。「名前を伏せて報道しているんだから、ほんとにこんな事件が起きてなくても記者が創作することも現代では簡単だろう」と疑いたくなったこともあった。
「昭和の奥さんは殴られたら我慢したが、令和の奥さんはその場でスマホから警察に電話する。すると、その事件の起きた場所が当事者たちの名前を伏せたうえでYahoo!で全国報道される」他にも父親が息子に暴力をふるい、息子がその場で警察に連絡してYahoo!の記事になったものなど、いろいろとバリエーションがあった。かつてはうちうちでやり過ごされていた家族間の暴力問題は、いまでは即刑事事件になるというのが令和式だということなのだろうか。
Yahoo!に載る家族問題では、夫VS妻、親VS子、兄VS弟、祖父母VS孫などなど、加害者と被害者においても、いろんな組み合わせで事件になっている。
「ニッポン人てこんなに家族の仲が悪いんだ」と思ってしまう。
「毒親」や「親ガチャ」という言葉がネット世界を頻繁に飛び交う時代にもなった。もしかして今や世の中はいわゆる「毒親」で満ちてるんだろうか、と思う。
昭和時代に相良直美が「世界はふたりのために」という歌で大人気になったが、子どもが生まれると「世界はふたりのため」にあるんじゃないとすぐ気づくことになる。それでも昭和時代はまだ「家族の紐帯は堅固」だったんじゃないかと思う。女性の忍従という但し書きは必要ではあるけれども。
こんにちでは子供は成人後「隠れた恨みの念」を親に対して抱き続けていることが多いのかもしれない。その子は「家族運営における、模倣先、よき家庭モデルを知らない」ことで、結局自身も毒親化するんだろう。
今の若者たちにとって、こんにち家族を持つことは、親の側にとっても子供の側にとっても、「未来に発動する時限爆弾」をみずから確率的に用意しているようなものだ。
「家族を持つことはリスクである」
そもそも結婚しなければ、将来爆発するかもしれない時限爆弾を作り出し、そのスイッチを押すこともないし、そうなれば「家族」の加害者になることも被害者になることもない。
そんな表現がごく当然のようにネット上を飛び交う時代になった。
Yahoo!で毎日のように「家族の地獄化」を提供すべき話題として読者に見せつけるようになった。
年齢が80歳を超えてから、ついに自宅で同居している息子に殺される母親や、殺人ではないけれども、病死したままほっておかれた母親の事件が去年あまりにも多かったことに愕然とする。
「息子を持つこともまたリスクである」
同居息子との関係における高齢の母親の受難報道をこれだけたくさん見せられると、まだ若い母親の中にはそんな思いに漠然ととらわれてしまった人も、あるいはいるのかもしれない。
今回こんな記事を書く気になったのは、YouTubeでたまたま見かけた新築住宅の流行に関して、以下のような「意外な言葉」が解説文に添えられていたことがきっかけだった。
「家族を持つリスク」
昭和時代には聞いたことのない表現だ。
実際の動画は以下。
今の世の中、いろんなことが複雑になりすぎて、家族は、もはや心のよりどころじゃないっていう話なんだろう。
「人間はひとりの方がいい」と歌ったのは森田公一とトップギャランだった。
-----------------------------------------------------人々はますます小さなグループに分裂していきます。その結果、ついにはグループにはたった一人の人間しか属さないようになるでしょう。そうなればさらに、一人の人間は左と右に分裂し、自分自身と争うようになるでしょう。つまり右の人間が左の人間と争うのです。そのため多くの素質が現在すでに、人間の進化の中に現れています。(ルドルフ・シュタイナー『悪の秘儀』P207-P208)
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かつてはただのダイニング・キッチンとして食事の時以外は長時間そこに居座らなかったフローリングの6畳間ですが、今ではほぼここに居座ってます(「Dear My Friend」もこの食卓の上で録音しました)。
背の高い大きな食器棚を処分して、半分の背の高さの食器棚(幅60cm高さ90cm)を2つならべて、その上にパソコンのモニターを据えて生活するようになって以来、「この部屋」が私の定位置になってしまいました。
ヤモリンが玄関のガラスの引き戸周辺をいつも警備してくれるようになって、もう長い年月が経ってますが、今年も同じようにヤモリンの子孫たちが先代たちの仕事を引き継いでくれています。
地方住まいなので、やっぱり家のまわりでいろんな生き物に遭遇することが多いですよ。
先週末ひさびさにぎょっとする体験をいたしました。なんと巨大な家蜘蛛がダイニング・キッチンの廊下のガラス扉の上にいるじゃないですか。突然出現したように見えたのが不思議です。
「うわー、でかい。これアシダカグモだよな。ひさびさにアシダカグモを見たなあ」と思い、同時に、「そう言えば・・・」と、大昔アシダカグモのことをブログで書いていたことを思い出したので、過去記事をチェックしたら、2007年10月6日に「ヤモリ、ゴキブリを食らうの図」という題で記事を出していることが分かりました。
「10月6日?、ああ、同じ時期での出来事だったんだ」と、そのことに意識が動きました。
あの時はヤモリの写真は撮れたんですが、アシダカグモは撮れませんでした。参考に載せたアシダカグモの写真は体の色が濃いですが、メスはこういう外見をしているそうです。というか今回の遭遇で、「私が子供時代以来見て来たアシダカグモはみなメスばかりだったんだ」ということに気が付きました。
今回私が遭遇したアシダカグモは体全体が白っぽくて、どうやらオスだったみたいです。オスの背中には独特の模様が入っています(写真をクリック)。
ネット記事によると、「アシダカグモは臆病なので人が近づくとすぐに逃げる」という話ですが、今回はしっかり写真を撮ることができました。
私はこの蜘蛛に、土曜日、日曜日、月曜日と同じ時間帯に三度遭遇しました。一度目はびっくりしただけで、写真を撮ろうと思いつかずに終わったんですが、まさかまた「同じ場所」に現れるとは思わず油断していたら、再び昨夜と同じくらいの時間に同じ場所に現れたので、またぎょっとしてしまいました。
前回同様、しばらくすると彼はその場を立ち去りました。そのとき「あ、明日の夜もまた現れるかもしれないから、そのときこそ写真を撮ろう」と思い、「心の準備」をしていました。
すると「予想」というか「期待」通りに、また同じくらいの時間帯に同じ場所に彼が現れたので、そっと近づいて写真を撮ることができました。写真は90度右に倒し、読者がよく観察できるように蜘蛛の部分だけを切り取ってます。
なんだか背中の部分は「しゃれこうべ」「どくろ」みたいじゃないですか。しかもデフォルメされた感じのデザインです。こんな感じの。
これがオスのアシダカグモたちが共通に自分の背中にしょっているデザインのようです。
でもつらつらと自分の撮った写真を眺めていたら、どくろのさらに上部は、どこか袈裟を身に着けた観音様のように見えてきて、自分のなかで、以下の絵のようなイメージが沸き起こりました。
「これ、どういう意味?」と思いましたが、まあ、意味があるわけでもなく、私の中で、物質界のイメージ像からの空想力への印象転移が起きただけの話です。
「三日続けてオスのアシダカグモに遭遇したことの意味」など、あったとしても、分かりません。ただ「この小さな体験」は私の中で死ぬまで残り続けるだろうことは確かです。
今年も「同じような時期」に(タカサゴユリは8月満開だったので自分のなかでは異常事態に感じましたが)曼殊沙華(彼岸花)の花が咲きました。去年は投稿記事の中で、「床の間に飾ろうと思ったけど、思ったときは時期を逃して、すでに花が枯れちゃってて、やれなかった」と書きました。そのとき、「ぜひ来年は飾ってみよう」と思っていたのでした。
今年、ようやく去年の思いを実行に移すことができました。
ネットで検索してみると、花瓶に飾ってある彼岸花の写真はたくさん出て来ますが、床の間に飾ってある彼岸花の写真はめずらしいようなので、以後、「床の間飾りの彼岸花ってどうだろう」と思いついた人が検索をかけたときに「参考写真としてヒット」してくれたら、「縁起の問題でいろいろ言う人もいるかもしれないけど、臆さなくてもいいんだよ」と背中を押してくれると思います。
P.S. 再び土日にかけて、アシダカグモが姿を現しました。日曜日には、ダイニングキッチンではなく、なんと寝室のカーテンの上でじっとしていました。それでもう一度写真を撮ろうと思い、前回よりももっと近くにスマホを寄せて撮ることができました。
この写真は左に90度回転させて、蜘蛛の姿を中心にトリミングしたものです。前回の写真より鮮明ですね。でも今回はドクロの上は観音様には見えません。頭巾をかぶったリスとかハムスターとかの顔に見えなくもない。読者にはまた違った連想が沸くかも。自分的には、なんか図像的には、カワイイ(上)+キモカワイイ(下)という感じ。ドクロが口をパクパクさせて、今にも何かしゃべりだしそう(9月13日追記1)。
夕方、買い物に行こうと思い、駐車場に行くと、私の白いクロスバイクの下に「茶色のアシダカグモ」がいました。茶色いということは、メスのアシダカグモです。実は、私、このメスには、今回「家の中」でオスのアシダカグモに遭遇する数日前に一度会っているんです。でもその時は「あ、アシダカグモ!」と思ったくらいで、家の中に入るとすぐに忘れてしまいました。それ以降今日まで「同じ場所」で彼女に遭うことはなかったんですが、再び目にしました。
今回の写真は、「アップロード可能な写真のデータサイズは1MB以内」という制限に沿うようにもとのスマホ写真を0.5倍したたけで、トリミングはしていません(写真をクリックしてご確認ください)。つまり寝室のカーテンにいたオスのアシダカグモ同様、ここまでスマホが近づいても彼女は微動だにしなかったということです。「え、もしかして死んでる?」とあまりにも不思議に感じたので、写真を数枚撮り終えた後、足をドンと踏み鳴らしたら、ササッと壁際へ移動したので、「あ、生きてんじゃん、よかった・・・」と思ったのでした。
これで2007年10月6日当時にはかなわなかった「自宅にいるメスのアシダカグモの写真の公開」をようやく実現することができました(9月13日追記2)。
オスのアシダカグモが最初に現れた日が、10月4日㈯で、それから10月22日㈬に玄関から出ていくまでに13回目撃しました。この期間まる一日目撃しない日などもあり、「いったいいつまで〈出現〉し続けるんだろう」と思いながら暮らしておりました。ある夜、買い物に出かけようと、玄関の靴脱ぎ場の電灯をつけたら、玄関のガラス戸に〈彼〉がいました。ぎょっとしましたが、私は外に出ていかねばならず、静かにガラスの引き戸を開けたら、〈彼〉がスルスルと移動して、ガラス戸の反対側へ回り、ぽとりと下に落ち、その場で8本の脚を広げてじっとしていました。「ああ、出ていくんだね」と思いながら、私はガラス戸を閉め、じっとしている〈彼〉の横をすり抜けてそのまま買い物に出かけたのでした。帰ってきたときには、もうそこに〈彼〉はいませんでした。(9月25日追記3)