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もうほんとボクは「寒がり」なので、変温動物の仲間ではないにもかかわらず、約3か月の間、あちこち動き回って、アレコレやるのは、「ほんとめんどくさい!」的な人間になってました。
以下は菊地朋貴の名曲「寒がり」。2007年にこのブログを始める以前、私はすでにブログ活動をしていました。その当時そのブログで「菊地朋貴推し記事」を書いたら、なんとご本人がコメントくださいました。でもほんとうにご本人だったか今となっては確信が持てません。そのブログは運営会社が撤退予告を出して結局なくなったので、いまや参照することもできません。2007年以前と言えば、村田和人関連の記事でパイパー(山本圭右)の周辺の人(女性)から、「音源があるからあげましょうか」とコメントもらった事件もあったっけ。結局音信不通になって沙汰やみになりましたけど。
ネット上のことだから、「本人かどうかも含め、話を本気にしちゃいけない」ってことでしょうねえ。とはいえ、今となっては「本物であれ偽物であれ、スクリーンショットをとっておけばよかったなあ」と「しまった感覚」に襲われています。
ということで、話を「近況」に戻すと、この冬は、ゴルフゲームをやるか、アニメを見るかぐらいしか「活動」できていませんでした(いやそれ活動じゃないだろという突っ込みが聞こえる)。
とはいえ、シュタイナー本の読書は(おもに再読)ずっと毎日やってはいましたけど。
でも最近のアニメはいささか食傷気味でして・・・・。つまり続きが見たいという欲求を引き起こす力がちょっと弱い感じなので、「それじゃあ代わりに」ということで、結局、以前見たアニメを再度見てました。
いいですねえ、「メシ食いながら見れるアホみたいなアニメ」(誉め言葉です)。笑いは「消化(≒解毒)を助けます」し。「気持ちを落とす系」を見るときは、メシ食ってちゃだめですよね。ちなみにシュタイナーによれば、古代(キリスト以前ですかね)において「神々は陽気な存在であるとみなされていた」、なんて話もあります。とはいえ、エドガー・ケイシーによれば、キリストは陽気な人だったようですし。彼のリーディングによれば、処刑の場面においてさえ悲壮感マシマシの人(神)ではなかったとのことです。
オーバーロード
転生したらスライムだった件
月が導く異世界道中
(Netflixにて)
これらは周期的に何度も見返してきたアニメ群ですが、そういうわけで、この冬もまた見てしまいました。
今は「嘆きの亡霊は引退したい」(こっちはAmazonで)を見直している最中です(当然メシ食いながら)。「嘆きの亡霊は引退したい」のオープニングの、ほかのアニメでは見られない独特の編集は、いつ見てもワクワクしてしまいますよねえ。杉田智和のナレーションとともに楽曲もすごくそのテンポと調和しているし、ほんとスゴい編集感覚だと思います。ちなみに14話以降の第2クール目も楽曲を変えて同じ構成を踏襲しています。以下に楽曲のみのバージョン(「葛藤Tomorrow / Lezel」)紹介していますが、このアニメの始まり方のほんとの良さは、番組開始に沿ってナレーションやその回の物語の一部が挿入され、途中で引っ込んだかのように見えたOPの楽曲がサビとともに再び戻ってきて、最後にそれぞれの要素が統合されてOPとして終了するまでの全体のかっこよさにあります。
この曲を聴くと「同時」につい思い出してしまうアニソンの名曲が、Solty Reiの「clover」(by meg rock)。聴き手に、なんかワクワク感を感じさせつつ、自分の内部に隠れている勇気みたいな感情を刺激していくような感覚をリスナーに喚起するところが似てますよ。
それにエンディングの「叫び声」を「音楽要素」にしてしまった「すくりぃむ!」。ティノが腕をあげてパタパタと羽ばたくような振り付けをみたとき、「おお、なんだこれはすばらしい」と感動というか、なんというか、「ここでそういう振り付けを入れるとは」と、とにかく感嘆したのでした。
ちなみに「嘆きの亡霊は引退したい」は、私のお気に入りアニメ「ティアムーン帝国物語」にも使われているモチーフ(相手が勝手にポジティブに誤解する)を存分に利用したアホアニメですよ。
と・は・い・え・・・・・
「冬期の活動報告」が「アニメを見てました」だけとか、
非生産的生き方極まれり、Death(です)。
去年の今頃、やっぱりブログに記事を投稿するのを怠っていて、「去年の年末からずっとゴルフゲームばかりしていました」みたいな言い訳を書いてたような気がします。
今年は年始から、やっぱりゴルフゲームやってました。とはいえPS2版でのグランドスラムを目指すという「目標」はブログでも書いてましたね。
でも、一日一試合と決めてやってきました。18ホールを終えるのに40分から50分かかります。時間をそれ以上ゲームには割かないってこともルールにしてやってます。
グランドスラム達成まで35の試合会場あるので(一応前へは進めたものの、入賞の試合は優勝目指して再度挑戦予定)、毎日やってもひと月では終わりません。
で、いまようやっと終わりが見えてきました。
PS2版の試合はほぼ全部録画する計画で始めたので、上の写真のような感じです。最初の試合をクリアしてから「あ、録画しよう」と思い立ったので、最初の試合は録画できてません。
途中から録画機材を変え、さらにその途中でゲームパッドを無線式にも変えました。
このゴルフゲーム、ある程度上達すると「プログラム側が適宜忖度モードを発動するなあ」と感じます。接待ゴルフでクライアントにわざと勝たせるような、アレです。
とはいえ、ほんとにへたくそなら(いつも+10以上になれないようなレベルだったら)、プログラムがそんなことをしてくれているとは感じないでしょうが・・・・・。
そういうわけで、PC版で1年間修業して、それぞれのコースの攻め方もすでに自分なりの方法が出来上がっているので、PS2版では、ほぼ毎回負けずに、とはいえ場合によってはぎりぎりセーフで(忖度モードのお世話にもなりながら)進んでます。
音楽活動の方は、やっと暖かくなってきたので、「みのむしモード」を脱して、録音作業再開したいと思ってます。
秘教学徒再開については、いまのところ「人智学ラボさんの動画を楽しみに見てるだけでいいや」的なマインドになってるので、やるにしてもいつになるか分かりません。
人智学ラボさんが参照元にしているルドルフ・シュタイナーのアーカイブサイト、ほんと便利になってますねえ。
英語版もドイツ語版も見れるし、PDF印刷支援機能もある。Chromeの翻訳機能と合わせて使うと、外観が日本語版仕様に変化するし。
それで以下のようにPDF印刷機能を使って16ページ分印刷して、それをホチキスで綴じてみました(エーテル界におけるキリストの再出現 10.個々の霊的存在と世界の分割されない基盤:パート1 GA178)。
今回の印刷では、最初に奇数ページを印刷して、二度目に裏側に偶数ページを印刷してます。
この章、なかなか興味深い話が出て来ますよ。
P.S.
ちなみにページを日本語化するときは、Chromeの右上に出てくる翻訳アイコンを押して、読むのがおすすめです。ページトップ右端ではなく、中段右カラムに出てくる翻訳機能を使うと、ものすごくひどい日本語訳になってしまうので、お気をつけください。将来、再度利用したとき、「改善」されていることを期待してます。
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PC版のゴルフゲームでグランドスラムを達成したあと、PS2でもグランドスラムを達成したいと思うようになったと前回書きました。
でもSONYの純正品、つまり有線式のゲームパッドがちょっと不満でした。それでこれを無線式にすることはできないのかと思い、AliExpressであれこれ探したら、1200円くらいでPS2対応版の無線式ゲームパッドが売っていたので、さっそく注文して手に入れました(おととい届きました)。
白い躯体に刺さっているPS2の信号受信ランプが光っているのが皆さんにも写真で確認できるでしょうか?SONYの純正品に比べて、右スティック感度が低いのか、スイング結果がエクセレントばかりになって、「うわー、やっぱ道具の選択って大切なんだ」と思いました。「低感度」の(というかスティックの動きが固い)せいで、逆に打ち出しが「とても安定的」に行えるようになりました。
代わりに左のスティックも有線の純正品に比べて繊細な動きをしなくなったので、風力情報によって打ち出し方向を左右に適度に振る操作に逆に時間がかかるようになりました。でもこれは慣れでカバーできそうです。ということで、有線から無線に変えた判断は、プラスマイナスで言えば、総合的にはプラスです。
今後は「無線式」でグランドスラムを目指そうと思います。 -
PCゲーム版の「めっちゃGOLFデラックス」でグランドスラムを達成し、エンドロールを見たあと、次に私が向かったのが、本家の、つまりPS2版の「エンジョイ・ゴルフ!」においてもグランドスラムを達成することだった。
当初はゲームコントローラーを使うのが下手すぎて、「とてもムリ」とほって置いたのだが、PC版で「経験を積んだ」ので、改めて挑んでみると、前よりずっと上手に進めるようになっていた。
でも、やっぱり親指の動かし方を誤ると、poorとかbadとか、PC版ではありえない、ひどいショットになる場合が定期的に起こるので、特に最初のうちは、ちょっと閉口気味だったけど、今ではスティック操作にもだいぶ慣れてきたところだ。
PC版をやっているときは、時々OBSというフリーソフトを使ってゲームの録画をしていた。このときはHDMI信号用スプリッターと、そのスプリッターの片方から出てくるHDMI信号をキャプチャーして、もうひとつのPC(のOBS)に送るという方法を採っていた。
昔PS2版のゲーム動画を当ブログでも紹介したことがあったけど(以下のGIF)、そのときはXP時代の古いソフト付き機材( PCast PC-MDVD/U2)を使っていた。
でも、「もっと簡単に扱える道具(キャプチャー)がないだろうか」と思い、Yahoo!ショッピングで探してみたら、Windows11で利用できるキャプチャーが1280円で売っていたので(もともとはVHSをDVD化したい人向けの商品)、それを買ってゲームを録画してみた。
操作は簡単だったけど、録画されたものは、質のいいものではなかった。PS2のゲームを録画すると、色味がもとの画像よりもっと暗くなってしまっていた。
「なんか、違うんだよなあ」と思いながら、それでも録画作業を続けていたのだが、「そうだ。OBSを使って録画してみよう」と思い立ち、AliExpressで、PS2から出るアナログ信号をオリジナルの4:3のままHDMI化してくれる装置を見つけたので(4:3が16:9化してしまうコンバーター製品ばかり多い中で)、それを取り寄せて使ってみることにした。
PCへの接続が煩瑣になったけど、録画結果は上々だった。
その結果が、以下の写真だ。同じコースだけどホール違い。女子の名前はダイアナ。PS2版における、私のメインアバターなのだった。PC版はローランド。
左がOBSで録画したもので、右が1280円のキャプチャー付属ソフトで録画したものだ。右の写真はXP時代のPCastで録画したものよりも暗く映っている。
逆にPS2から出ているRCAケーブル内を流れるアナログ信号をHDMI化して、OBSでキャプチャーするとこんなにきれいに撮れるんだと、びっくりした。
これまでの話を図式化すると以下のようになる(画像をクリック)。
PS2のゲームを動画としてPCに取り込みたいと思っている人は私以外にも結構いると思うけど、どんな方法、どんな道具を使うかで「結果」に大きな差が出ることが分かった。
1280円のUSB動画キャプチャーは画像が暗くなってしまうという欠点を持っていた。類似品はいろいろあるみたいだけど、値段に差があり、「同じ外見だけど、録画結果のよいキャプチャー」も存在するのかもしれないが、私は「今はもうOBS系一択でいいや」と思っている。
ということで、PS2録画に関して、当ブログに検索でたどり着いた誰かの参考になったのなら、幸いです。 -
去年、私にとって「家族問題」でもっとも衝撃的だった事件は、5月、大阪で5歳の女の子が、自分の目の前で父が母を刃物で刺し殺す場面に遭遇し、続いて自分も背中から肺に達する刺し傷を負わされて倒れ(そのとき父親は娘が亡くなったと思ったか)、今度は父親自身が刃物で自害して倒れ伏してしまった部屋で、両親の死体とともに数日過ごし、夜を明かし、ついに、それまでどうしていいか分からないで両親のそばにいた「5歳の女の子の心」が外に出ようと決断して近所に助けを求めた、というものだった。数日間、家から出ずに両親の遺体のそばにいた彼女が何を感じて長い長い時間を「がまん」して暮らしていたのか私は空想した。
最近の事件では、36歳の母親が、夫からすれば無人だったはずの自宅で高校生の息子と小学生の二人の息子とともに心中した事件もショックだった。そのあとも年が明ける直前まで、別の地域で起こった母子心中の報道がいくつか続いた。
最近はニュースはYahoo!のポータルサイトで見ているが、去年「5歳の女の子」の記事に出会って以降、「主なニュース」が並ぶ上段の記事ではなく、その下に出てくる記事に「家族間の事件」を扱う記事が一日数件、毎日のように載るようになっていることに気がついた。
昔「その欄」は、写真がひろゆきだらけになっていることがあって、当ブログで「気持ち悪い」とわざわざYahoo!のポータルの編集方針に疑問をぶつけたことがあったが、最近はあのころと記事の傾向が変わっている。
それでこの取り残された5歳の女の子の報道記事をきっかけに、試しにYahoo!の「家族間の事件」を扱った記事をPCのメモ帳に転記して集め始めたら、ひと月で膨大な数になった。それを去年の12月まで続けたのだが、毎日毎日、日本のどこかで、夫婦間で、親子間で、兄弟姉妹間で、「暴力&殺人事件」や「死体放置事件」や「心中事件」が起きていて、もうほんとにいやになったので、記事を集めるのは去年でやめにして、集めた記事も削除してしまった。
こんな記事ばかり集めて読んでいたら気分が悪くなるばかりだし、熱心に記事を読んでいる自分の周りに悪霊さえ寄ってきかねないと思ったのだった。
Yahoo!は、なんでこれほどまでに家族間の事件を頻繁に取り上げるようになったんだろう。統計的に過去に比べて家族問題が急に増えたというわけではあるまいにと思う。「彼ら」の編集方針に、何か隠れた意図でもあるんだろうか、とまで疑ったほどだった。
ちなみに実話めかして感動的な話を聞かせてくれる、いわゆる嘘松系の書き手が(アニメ銀魂の「自動車教習編」はそれをメタ次元で指摘してくれているいい教材だ)2チャンネル全盛時代に暗躍したものだが、この手の文芸の才能のある者たちの一部は、こんにちYouTube事業を手がける大小あまたある企画事務所の雇われ作家として、人情話や都市伝説、恋愛コンテンツから占いにいたるまで、それどころか、すでにあらゆる領域であれやこれやの作り話の台本を書き、企画事務所の雇われ者である動画作成担当者に渡しているんだろう。
「次は〇〇のテーマで15分用の台本を作れ」という指令のもと、締め切りに追われながら「作り話」の台本を書き、動画作成者がそれをもとに動画を作り、「この絵を見てAと思った人はこれこれの可能性があり、Bと思った人は、こういう傾向がある」とかなんとか…、そのような話を真に受けて真剣に動画に付き合っている視聴者たちをカモにして稼いでる。
オールドメディアからニューメディアまで、結局、「言葉で騙して稼ぐ」という手法に違いはない。重要なのは「一か所に人(耳目)を集める」ことなのだから。人(企業が商品を売りつけたい相手)を一か所に集めるから、視聴者に企業CMを見せませんか、CMは売り上げに大貢献してくれるでしょう」。そう言って「企業という本来の顧客(これもまたカモ)」相手に法外な広告料を吹っ掛けてきた。かつてメディアがマス(巨大)化していく時代にこの手法(金の集め方)を考え付いた人物(西洋人の誰か)は、すばらしいアイデアマンだったのであり、希代の詐欺師だったとも言える。
Yahoo!に載る記事の話に戻ろう。「彼ら」が事件として載せている記事のなかには「ある都市の夫が妻を殴った」いう趣旨の実名なしの話があり、ただの夫婦喧嘩なのに、なぜこの程度の話まで全国に「さらす」(報道する)のか理解に苦しむような編集方針ではあった。「名前を伏せて報道しているんだから、ほんとにこんな事件が起きてなくても記者が創作することも現代では簡単だろう」と疑いたくなったこともあった。
「昭和の奥さんは殴られたら我慢したが、令和の奥さんはその場でスマホから警察に電話する。すると、その事件の起きた場所が当事者たちの名前を伏せたうえでYahoo!で全国報道される」他にも父親が息子に暴力をふるい、息子がその場で警察に連絡してYahoo!の記事になったものなど、いろいろとバリエーションがあった。かつてはうちうちでやり過ごされていた家族間の暴力問題は、いまでは即刑事事件になるというのが令和式だということなのだろうか。
Yahoo!に載る家族問題では、夫VS妻、親VS子、兄VS弟、祖父母VS孫などなど、加害者と被害者においても、いろんな組み合わせで事件になっている。
「ニッポン人てこんなに家族の仲が悪いんだ」と思ってしまう。
「毒親」や「親ガチャ」という言葉がネット世界を頻繁に飛び交う時代にもなった。もしかして今や世の中はいわゆる「毒親」で満ちてるんだろうか、と思う。
昭和時代に相良直美が「世界はふたりのために」という歌で大人気になったが、子どもが生まれると「世界はふたりのため」にあるんじゃないとすぐ気づくことになる。それでも昭和時代はまだ「家族の紐帯は堅固」だったんじゃないかと思う。女性の忍従という但し書きは必要ではあるけれども。
こんにちでは子供は成人後「隠れた恨みの念」を親に対して抱き続けていることが多いのかもしれない。その子は「家族運営における、模倣先、よき家庭モデルを知らない」ことで、結局自身も毒親化するんだろう。
今の若者たちにとって、こんにち家族を持つことは、親の側にとっても子供の側にとっても、「未来に発動する時限爆弾」をみずから確率的に用意しているようなものだ。
「家族を持つことはリスクである」
そもそも結婚しなければ、将来爆発するかもしれない時限爆弾を作り出し、そのスイッチを押すこともないし、そうなれば「家族」の加害者になることも被害者になることもない。
そんな表現がごく当然のようにネット上を飛び交う時代になった。
Yahoo!で毎日のように「家族の地獄化」を提供すべき話題として読者に見せつけるようになった。
年齢が80歳を超えてから、ついに自宅で同居している息子に殺される母親や、殺人ではないけれども、病死したままほっておかれた母親の事件が去年あまりにも多かったことに愕然とする。
「息子を持つこともまたリスクである」
同居息子との関係における高齢の母親の受難報道をこれだけたくさん見せられると、まだ若い母親の中にはそんな思いに漠然ととらわれてしまった人も、あるいはいるのかもしれない。
今回こんな記事を書く気になったのは、YouTubeでたまたま見かけた新築住宅の流行に関して、以下のような「意外な言葉」が解説文に添えられていたことがきっかけだった。
「家族を持つリスク」
昭和時代には聞いたことのない表現だ。
実際の動画は以下。
今の世の中、いろんなことが複雑になりすぎて、家族は、もはや心のよりどころじゃないっていう話なんだろう。
「人間はひとりの方がいい」と歌ったのは森田公一とトップギャランだった。
-----------------------------------------------------人々はますます小さなグループに分裂していきます。その結果、ついにはグループにはたった一人の人間しか属さないようになるでしょう。そうなればさらに、一人の人間は左と右に分裂し、自分自身と争うようになるでしょう。つまり右の人間が左の人間と争うのです。そのため多くの素質が現在すでに、人間の進化の中に現れています。(ルドルフ・シュタイナー『悪の秘儀』P207-P208)
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今年ゲーム版の「ウマ娘」の国際版がリリースされたせいで、外国勢が大勢ウマ娘ファンとして参加してくるようになりました。YouTubeを見ると、特にゴールドシップへの注目度が高いようです。さらに愛子内親王殿下が馬の祭典に出席して、彼女と対面した若い馬が緊張で歯ぎしりをしていた、というニュースを見ました。そのニュースに接したとき、シュタイナーの、馬についての発言を思い出しました。-------------------------人間が世界を見ているように、動物も----高等動物もまた----世界を見ていると信ずることは無意味なことです。しかしこの点に関して現代人は正しいことを全く理解できないでいます。
現代人は、彼が馬の傍に立つとき、彼が馬を見るのと全く同じように馬も彼を見ていると信じています。馬が眼を持っているからといって、人間が馬を見るように馬も人間を見ていると信ずることは、現代人にとってはごく自然なことです。それでもやはりそれは馬鹿げたことです。
何故なら人間は透視能力なしには天使を観ることはできませんが、同様に馬も透視能力なしには人間を観ることはできないからです。何故なら馬にとっての人間は単に物質的に存在としてそこに居るのではなく、精神的存在としてのみそこに居るからです。馬はある特定の透視能力に恵まれているがゆえに、馬にとっては天使のような人間存在を知覚することができるのです。
馬が人間の中に見るものは、私たちが馬の中に見るものとは全く別物です。歩き回る私たち人間は高等動物にとってもまさしく幽霊のような存在なのです。
もしいつか動物が固有の言葉を、つまり人々が今日動物に《語ら》せるようにではなく、その固有の言葉で語ることができるならば、動物は人間を自分たちと同等の存在者と看做すことは決してなく、自分たちよりも高等なもの、霊的な存在と看做すであろうことを人間はきっと理解するでしょう。動物たちが自分の肉体を血と肉から成り立つと考えたにしても、彼らは決して人間を血と肉から成り立つとは考えないでしょう。(『新しい建築様式への道』)
-------------------------------------------------------動物には霊視力があるとシュタイナーは語っています。
ペットとともに暮らしている人に、「彼らは飼い主には見えていない何かに反応しているんじゃないか?、と思った瞬間がありますか?」と尋ねたら「はい、あります」と答える人は多いでしょう。
愛子内親王殿下の前に連れてこられた「若い馬」が普段人前でしないような「反応」を見せたのは、どういう事情からだろうと空想しました。
そう思いながら暮らしていたら、最近また彼女の動物がらみのエピソードに遭遇しました。
不可思議な話です。シュタイナーは声を発することのできない系統の生き物の「視力」についても語っています。------------------------------------------------------内面から音を発しない動物はすべて現在でも月紀の形象意識を有しています。このような動物は人間のようにはっきりした境界を持った表象像を見るのではありません。たとえば蟹のような低級動物が醜悪な印象を与える表象像を知覚すると、違う方向に回避していきます。蟹は対象を見るのではなく、反感を呼び起こす像の中に危険性を見るのです。(『薔薇十字会の神智学』)------------------------------------------------------太古には誰もが秘儀に参入、つまり霊界を体験することができた、とシュタイナーは言います。「一般民衆」からその力が奪われたのが今から5000年ほど前だと。ただその歴史的事件は、すべての人類から一気に素質が消えた事件なのではなく、目安としての時代区分です。
そしてだんだんと「その素質」を残していた人々も減っていき(その力を持っていた人々のなかから王となる人物が選ばれる時代が続きます)、紀元3、4世紀には遺伝的な素質によって霊界参入をはたすことのできた人々もいなくなって(王権における、ある種の唯物論、血統主義という不正の時代が始まりました)、こんにちに到ります。
勝海舟が咸臨丸で米国へ行き、その体験をもとに米国の政体について横井小楠に話したとき、「ははあ、堯舜の時代のようですな」と返答したという逸話を司馬遼太郎がエッセイで紹介しています。そういう横井小楠の反応を見て、勝海舟が「横井小楠というのはとんでもねえ切れ者だ」と感動したとかいう話です。
堯舜の時代の話というのは、中国の神話時代の話です。「当時の中国の統治者たち」は、「血統」によって王権移譲を行っていたのではなく、「その能力があるかどうか」ということに重きを置いていたという話を、米国の入れ札制度(選挙制度)について勝海舟から聴いて、自分の持つ古典の知識から連想し、即座に「似ているもの」として取り出したのでした。
太古において「能力」とは現代人が連想するこんにち的な政治的才覚ではなく、秘儀参入者であるかどうかということでした。
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宗教改革とルネッサンス以来、現代文明の中に、経済的な人間が指導的な支配者のタイプとして現れるようになりました。これは歴史上の事実です。私が今日、「ルシファー的な時代」として描き出した古代まで時間を遡ってみましょう。当時は誰が支配者のタイプだったのでしょうか。秘儀参入者です。エジプトのファラオも、バビロニアの支配者も、アジアの支配者も、すべて秘儀参入者でした。(『悪の秘儀』)
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もちろん、太古、日本という土地に住んでいた人々も「秘儀参入者」によって統治されていました(神社文化というのは、秘儀参入者を敬う行為が「後代」形になって現れたものです)。
このことを「はっきりと告げる人」が、YouTubeなどで「思想発信」している、日本上げ系人士のなかに一人もいないことが残念です。そしてアニミズムというような「西洋近代思想用語」を無批判に価値ある思想だと「自動連想」しているという「自覚がない人々」、唯物論の下で生まれた概念を日本上げのために使う滑稽さに気が付かない人々がいまなお多いことが残念です。
イギリス人が近代に入って、ゲルマン系民族がいまなお維持しているガイスト概念を失ったので(つまり、より世界を唯物論的に眺めるようになったので)、「ドイツ語のガイストと語源を同じくするゴーストという言葉」が本来のニュアンスを失ってしまい、代わりにスピリットを用いるようになった、と以前語りました。
「唯物論全盛時代になって出現したスピリットという言葉」をドイツ語で言うところのガイストの「同意語」として、ゴーストの代わりに使うようになった人々の言葉遣いを無批判に受け入れて使っている非英語話者(たとえば日本人)たる自分は、道化ではないか、と感じることのできる人は少数です。YouTubeでは道化者の日本人がたくさん活躍していいます。「人間は魂(ソウル)と肉体(ボディ)からのみ成る」(キリスト教)と教え込まれた人々が、近代に「スピリットという代替用語」を使って「霊・精神」の話をし、それを有難がって聴き、さらにはそれを日本に輸入して同胞に「その用語」を使って布教活動をする姿を一度俯瞰的に眺めてみましょう。
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英米の左道オカルト結社は英語を世界支配言語にしようとしている。真実を表現するのに適さない英語を世界言語にしようとする左道オカルト結社の影響下にある心魂は、大天使と結びつくことができず、アーリマンに捕らわれる。北アメリカにおいては、アーリマンの指導・活動が優勢である。(『シュタイナー用語辞典』)
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シュタイナーの生きていた時代はまだ中央ヨーロッパの精神の力がかろうじて働いていましたが、第二次世界大戦を境に、世界は英語の力に完全に制圧される時代に至っています。歴史的にはヨーロッパにおいて、ラテン系諸国の力が排除され、次に中央ヨーロッパ(ゲルマン系)諸国の力が排除されたあとの状況が現在です。ですから「彼ら」は「英語を世界支配言語にしようとしている」ではなく、こんにちすでに「支配済み」なのです。
引用文の「英語は真実を表現するのに適さない」に出てくる「信実」とは「霊界=精神界」のことです。工業的な電気信号が高速で世界中を走り回る世界を支える言語は、「英語」で書かれています。こんにち電気と英語を操る人々が人間の物質界生活の基礎部分を管理するエージェントになっています。
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電気がなかったころは、アーリマン的な力が常には存在せず、精神性に到るのが困難ではなかった。蒸気機関の発展にはアーリマンが働きかけた。ルシファーが心魂的存在であるのに対し、アーリマンは精神的存在である。ヨーロッパ文化は長年ルシファーに支配されていたが、いまや才能試験など、アーリマン的になっている。世界の機械的・数学的把握、経済至上主義、国粋主義、福音書の一面的把握が、アーリマンの受肉を準備する。(『シュタイナー用語辞典』)
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シュタイナーのいう「ルシファーの時代(人々が霊界にしか興味を持てなかった時代)」というのは、今から5000年前にさかのぼる時代を指します。さらに5000年さかのぼると、人類一般が皆霊界参入者だった時代に到ります。5000年前(紀元前3000年代)に「ルシファーの時代」が去りました。カリ・ユガの時代の到来です。ただし紀元前2000年代に中国にルシファーが人となって生まれたと言います。そしてその2000年後キリストが人となって生まれ、さらにその2000年後、西洋世界にアーリマンが人となって生まれます。現在は「アーリマンの時代(人々が物質界にしか興味を持てない時代)」です。いま人となったアーリマンが、地上を歩きまわっている真っ最中です。
かつて秘儀に参入できた人も、こんにち、遺伝的な力に頼ることができなくなったゆえに、「かつて秘儀参入者であった自分」のことを思い出せません。
しかしシュタイナーによれば、19世紀後半に時代はカリ・ユガ時代を脱し、修行によらずに秘儀参入を果たせる人々が、これから1000年あるいは1500年をかけて、だんだん増えていくという話です。こんにちにおいても、人に言えない奇妙な体験をする人々が増えているんでしょうか?
こんにち「硬化しきった身体」のなかで生きなければならないという制約下にある人々も、次回の物質界への転生においては、こんにちとは異なった身体のなかで霊界意識を持つようになるという話です。例外はありますが、人間はおおむね1000年~1200年周期で物質界に転生してきたというのがシュタイナーの見立てですから。
第5根源人種時代のこの時期の人類の「文化位置」について図像を描いてみました。6という数字を右側に倒したイメージです。6という数字を逆向きに書き始める直前まで、人類はアトランティス人として生きていました。そして地上から一掃されたのち、神々(大天使たち)が、6の文字を順番に地上に描いていきます。
1インド(蟹座時代) 2ペルシア(双子座時代)3エジプト(牡牛座時代)
4ギリシア・ローマ(牡羊座時代) 5ゲルマン・アングロ=サクソン(魚座時代)
6ロシア(水瓶座時代)7アメリカ(山羊座時代)
文化期は春分星座がひとつ移動するごとに、およそ2000年単位で進展してきました。現在の位置は5です。唯物論的感性&英語全盛時代ですね。ですからYouTube上でよく見かける、米国発のモダンな(こんにち的な)「スピリチュアル」な話も唯物論的感性によって「連想&類推」されたイメージで語られています。「理解する・納得する=何かと結びつける」ための「連想イメージ」を自分たちの中にある物質界体験のイメージの保管庫から引き出さざるをえない人々にとって、この運動がビジネス側により親和性を持った運動なら、運動の担い手は「いまの人類の連想イメージ」に迎合した説明をするでしょう。しかしこれが1000年後にロシア文化期に移動します。前時代には「田舎者扱い」されていた民族が、「新たな時代精神」に目覚めると、こんにち「それが当たり前だ」と思われていた人間の生き方に変化をもたらします。いま、前時代(ギリシア・ローマ時代)に田舎者扱いされていたゲルマン・アングロ=サクソン人たちが「時代の仕事」をしている最中です。そして「こんにちの田舎者たるロシア人」が「時代の仕事」を担う未来がやってくるというのが、ルドルフ・シュタイナーが語っていたことでした。私たちの時間感覚からすれば、まだまだ遠い先の話ではありますが。P.S. そういえば、園遊会で武豊騎手と対面した皇后陛下の口から、スペシャルウィーク(もちろん本物の馬の方です。アニメ「ウマ娘」一期では主人公役でした)の話題が皇宮警察との関連で飛び出してきたのは、タイムリーな話題選びだったなあと思いました。あの動画を見た時、「天皇ご一家は自宅でアニメ(ウマ娘)を見ていたに違いない」と思った人がたくさんいたでしょうねえ。