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これからはもっとたくさん記事を書くと言っておきながら、結局、いつもどおりだった。
とにかくブログばかりにかかずらってはいられないというのも、また一方の現実ではあるのだった。
だが夜食をくう習慣もまた抜けないのだった(ある意味、「不健康?」。
で、今週ハマったのがホットドッグ。
具の材料はキューピーさんのお世話になりっぱなし。
「トマトと野菜のタルタル」と「マスタード あらびき」は必携品。
というか、日本ではこの手の食材はキューピーの独占って感じだけど、もっといろんな会社のがスーパーに並んでもいいはずなのになあ。どうしてなんだろ?
ということで、今回は4こ入り98円の小型の切れ目入りパンとソーセージをトースターであたためて、それにレタスを加えてキューピーで仕上げました。
4コ食べたら、おなかいっぱいになっちまった。
でもこんなぜいたくも(つうのはソーセージ高いよね)今回買ったキューピー・ソースがなくなるまでにしたい。以前ためしに食パンで「ハッドッ」を作って、すなわち食パンでレタスとかソーセージをくるんで食ったりもしたけど、やっぱ食パンでは「ハッドッ」ではないね。
p.s. もちろん、チーズカレー・パンもあいかわらず夜食で食ってますよ。こちらは安上がりでいいですよ。
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気がつくと、PCなら中古品ばかりを、デスクトップ型もノートブック型もいろいろ買ってきた。
最初に買ったデスクトップ型は、NECのバリュースターで10万円ほどした。2001年のことだ。
ADSL回線ではなく、「ただの電話回線」からのインターネット始めだった。
新品でパソコンを買ったのはそれが初めてだったが、それが壊れて動かなくなって以来、ずっと中古品ばかり使っている。
初めて買った中古ノート型パソコンはThinkPad R31(1万5千円)だった。それ以来ずっとオレはThinkPadファンだ。このPCの液晶がダメになって、オレの修理魂に火がついた。それ以降IBMのThinkPadは型の古い中古ものを----USB1.1時代の製品を中心に----いろいろと買って部品を集めて修理して使うようになって今日にいたる。
PCのイヤホンジャックには、当たりはずれがある。どいうことかというと、ノイズが異常にうるさいものがあるのだ。不思議なことに同じ機種でもノイズのしないものとするものがあることにオレは気がついた。この原因がいったいどこから来るのかいまだによく分からないのではあるが。
ThinkPadはオレが手に入れたどの製品もイヤホンジャックからまったくノイズは出てこなかったので、だからこそますますす気に入っていたところもある。
ところがだ。中古で手に入れたThinkPad R40eがひどいノイズ持ちだった。中古で安く手に入れたとはいえ、どれほどがっかりしたことか。
ところがUSBポートにハードディスクを接続するとノイズが止まることに気がついた。だが奇妙なことにハードディスクをじかにつなぐだけではダメなのだった。ハードディスクとUSBポートの間にUSBハブを入れなくてはならない。しかもさらに奇妙なのはUSBハブは特定の製品でないとダメだということだった。
写真の奥にあるひらべったい黒い箱がもともとPCで使っていたハードディスクを転用したものだ。で、まんなかにあるのがmade in ChinaのUSBハブ(CV054SI)で、前面に5、背面に2のポートがある。右隣もUSBハブだが、これを使用した場合はノイズに変化はまったくなかった。
CV054SIにハードディスク以外のものを接続してもやはりノイズは消えない。あくまでもこの2つの組み合わせでないといけないのだった。ThinkPadR40eには横と後ろ側にUSBポートが一個ずつあるが、どちらに接続しても同じようにノイズが消える。
これはいったいどういうことなんだろうか。電気現象に詳しい人がいたら、謎解きしてくれるとありがたい。
とにかくノイズが消えたことで、処分しようと考えていたThinkPad R40e(Pentium4 2.2GHz)はとりあえず家に残しておくことにした。ThinkPad R40e(Celeron 2.0GHz)の方は信頼していた通りのノイズレスのイヤホンジャックなので、現在は家ではこれをメインに使っているのだった。USBポートについては、USB2.0用カードを別途専用スロットにはめて使用しているので、大容量を転送するときはもちろんこちらを利用している。CPUが上位品質だからといって、「全体」として見た場合は、こんなふうにあてにならない品物をつかまされることは、中古品においては特によくあることだね。
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70年代にティン・パン・アレー周辺の人脈図に登場してくるのが南佳孝。AORなんて言葉がなかったころから、もう「AOR(オトナ)な歌」ばかり歌うシンガーであった。
ちなみにAORというのはアメリカの音楽業界人が促販キャンペーンのためにひねり出した言葉だが、日本ではこれが、アダルト・オリエンテッド・ロックの略称と宣伝されるようになった。だが「オトナ志向のロック」って何だ。
AOJ(オトナ志向のジャズ)、AOB(オトナ志向のブルース)、AOE(オトナ志向の演歌)、AOF(オトナ志向のフォーク)、AOS(オトナ志向のソウル), whatever!!!
Rの箇所を別の音楽ジャンルにしてみれば、こういった表現がいかに馬鹿げたものだったか、よく分かるだろう。
AOJというジャンルが存在しないように、AORってジャンルは、本当は存在しなかったんだよ。ロックはロックでしかないし、それは8ビート音楽のバリエーションでしかなかったはずだった。だが世の中のリスナーたちの多くが「裸の王様」のような戯画に陥っていった。90年代に入ると、AORはダサいというような風潮が特に新世代の側から言われるようになった。だが創作され世間に発表される音楽において「本当に存在する違い」というのは、それが「よい作品」であるか、「取るに足りない作品」であるかということだけだ。「その違い」はジャンルに関係なく存在するということが、多くの人(特に当時の新世代)に理解できなくなっていた。そして90年代の新世代ロックの勢いも凋落して今にいたる。
だからオレは、早く、みなが「そんな言葉上の催眠術」から目覚めてくれればいいと思う。特に若い人たちにそう願う。
南佳孝の話に戻ろう。
鈴木茂のギターをバックに歌う「これで準備OK」(「忘れられた夏」所収)なんて最高だけど、ロックなのにジャズっぽく聴こえるのが南佳孝の持つ魅力だった。
だが今回オレが紹介したいのは、この1曲なのだった。「プールサイド」という曲はこの曲よりずっと人気があるみたいだけど、同じようなモチーフを扱った歌としては、オレはこの曲「Back Stroke Swimmer」(Daily News所収)の方がずっと好きだ。ということで、若い人にもこの曲のよさが分かってもらえたらうれしい。
村田和人にも、似たモチーフのある名曲があるので、「南佳孝VS村田和人」ということで紹介したい。「Mrs.Julyへの伝言」(Boy's Life」所収)これもいい味わいがある曲だよね。
といういことで「隠れた名曲」カテゴリーは、邦楽については、南佳孝、村田和人ではじめることにしましたよ。
p.s. 「ティン・パン・アレーなんて名前、自分がティーンズだったころ、聴いたことないぞ」とおっしゃる当時ティーンズだった方々。確かにそうかもしれない。でも「オールナイト・ニッポン」という深夜ラジオ番組を当時聴いていた人は、ティン・パン・アレーという名前は知らなくとも、彼らの音楽自体はちゃんと聴いてるはず。番組の合間合間でつなぎとして短く流されていた曲が実はティン・パン・アレーの曲だったのだよ。 -
キミは世間の常識から考えて、オレが「キー・オブ・ライフ」ではなく、セールス的には大敗北だった「シークレットライフ」をスティービーの最高傑作だと言うことに疑問があるかもしれない。それに「シークレットライフ」はスティービー名義の公式アルバムではないじゃないかという反論もあるだろう。
たしかにこのアルバムはある科学映画のサントラとしてリリースされたものだ。だがいつも「また聴きたい」と思ってしまうスティービーのアルバムは、オレにとってはシークレットライフ以外にはないのだった。
なかでもこのアルバム収録曲の「愛を贈れば」(Send one your love)は忘れられない。
79年の冬、オレは大学浪人生だった。時間が深夜0時を過ぎれば12月25日、クリスマスじゃないか。オレはクリスマスイヴの深夜にいったい何をやってるんだ。ラジオを聴きながら、受験勉強かよ。なんか惨めだなあ。あ、時報が鳴った。ラジオのパーソナリティーが曲を紹介する。「では、スティービー・ワンダーで『愛を贈れば』・・・・・」
初めて聴くスティービーの新曲だった。オレはクリスマスの日にとても幸せな気持ちになったのだった。
今度はアナタが幸せな気持ちになってください。
このアルバムにはスティービーのボーカルではないけれど、名曲がもう一曲ある。やさしい女性ヴォイスで歌われる、これも隠れた名曲「Power Flower」である。
オレは、「実はどうなの?」とたずねれば、「スティービーのアルバムの中で『シークレットライフ』が一番好きだ」と答える者が実はたくさんいると思っている。だって売れた枚数がアルバムの価値を決めるわけではないのは、いまさら言うまでもないことだし、「また聴きたくなるアルバムこそ名盤」なのは「また見たくなる映画が名作」であるのと同じことだよね。 ということで、「思い出の音楽」スティービー・ワンダー編はこれで終わりにする。 -
書かないときは、一月に記事一本とか、ほんと数が少ないんだけど、やっぱ生活のためにやらなくちゃいけないことが多くて、あれこれやるためには、またあれこれ気を回して考えたりすることも多いわけで、あっという間に時間だけが過ぎていき、気がつくと「あれ、今月も記事一本しか書く気力がなかったの」って気がつかされることの繰り返し。次回はもっとたくさん記事を出そうと思っても、やっぱり記事一本が限界だったりする。でもも少し多くかけるように今後は努力したい。ということでひさびさ音楽ネタで一本。
音楽の新譜を追いかける気力も失せてる2012年のオレだった。というかオレが追いかけていられたのは90年代の音楽までで、2000年代以降、日本の音楽にも海外(おもに英米だけど)にも、ほとんど何も----もしかしたら、今まで聴いたこともない衝撃でトリハダ体験をさせてくれる音楽を聴かせてくれるかもというような----期待をしなくなっている。だから最近のミュージシャンとか誰も知らん。レディーガガとかも一度も聴いたことがない。名前を知っているのはニュースで名前を聴く機会が多かったからだ。
中学時代は70年代の前半から始まったが、親に買ってもらったラジカセは、オレの世界を変えてしまった。70年代の田舎はまだたくさんの空き地が点在し、ひどい造作の長屋もいっぱいあった。そんな時代。デパートに出掛けた暑い夏の午後のことだった。、デパートの駐車場に----そこはもちろん70年代の初期だから、舗装なんてされてない土と石ころだらけの「デパートの駐車場」だった----暑さをしのぐために両方のドアが開けられた軽トラのAMラジオから、中学1年生の丸坊主頭のオレに衝撃を与える音楽が流れてきた。スティービー・ワンダーの「迷信」だった。ギラギラする天気のもとで、軽トラの開いたドアに隠れたラジオから聴いたこともない音楽が流れてくる。それに衝撃を受けるガキンチョがそこにいたわけだ。
当時そんな経験をしたニッポンの中学生や高校生はオレだけじゃないはず。今くたびれたオッサンになってる連中のなかに「迷信」を初めてラジオで聴いた瞬間に気が狂いそうになった経験をした者、すくなくともトリハダ体験をした者はこの日本だけに限っても大勢いる。そしてそういった中坊や高校生たちが、「新しい音楽」を聴くたんびに、毛穴がゾワっとする経験を何度もしてきたのだった。当時のラジオは宝の箱だった。
現在のポピュラー音楽の原型はほぼ80年代初期までに出揃ってしまい、何の改新もなされないまま、再生機器の改新やシンセ楽器や録音技術の進歩だけが後を追って今日に至っている。90年代は最後の打ち上げ花火が打ち上げられた時代だった。
だから手元にある70年代のLPを聴くと「ああ、なんてすごい時代だっただろう」といつも思う。思い出のある音楽のひとつひとつが、どの時期、なんというラジオ番組で聴いたものだったとか覚えているオレがいる。そして多くの中年のオジサンやオバサンもまたそのような体験をいっぱい持っている。でもそれをことさら他人に話す機会なんて普通はないだろう。みな、13歳の夏に聴いた曲や、17歳の土曜日の午後に聴いた曲の衝撃体験をひそかに抱えて、くたびれはてている。
ということで、このあまりにも有名なスティービー・ワンダーの「迷信」をここでまた聴いてみよう。
キミ、ちゃんと頭を揺らしながら聴いてるかね? ドラムはスティービー自身が叩いてるんだよ。前回R.ケリーを紹介したけど、歌いまわしとかにちゃんとこの偉人の影響が出てるのが分かるよね。プリンスなんかもそうとうにスティービーのことを尊敬してるようだよ。