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なんだか最近ちょっとだけやる気になってきました。せっかくいらっしゃったのですから↑のboundheadをクリックして最新記事も見て帰ってくださると幸いです。
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Posted by バウンドヘッド - 2018.09.20,Thu
前回記事の最後の方で一反木綿のように見える写真について言及したので、今回はその例のいくつかを掲げておきます。













昆虫の飛行した跡だと強弁するには、やはり「やっぱそうじゃないだろ」的なニュアンスも感じますね。別に怖いとかは思ったことはないんですがね。
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Posted by バウンドヘッド - 2018.06.09,Sat
監視カメラをつけてから、1年のうち、ごく限られた日だけ、奇妙なものが映ることに気が付いた。

いわゆるオーブの集団奔流化というものだ(ただし一個単位のオーブなら、その後もちょくちょくカメラに映っていた)。去年の春に映ったものをYouTubeにもあげているだけど、今見直すと暗い画面ではほとんどなにが起きているのかわからない感じに見える。なんか像がうすくなっているような感じだ。けれど、下から湧き上がったり、向こう側から流れてきたり、左方から流れてきたりと、その時はまさに奔流のように見えたのだ(全画面モードにしてみるといろんな「流れ」がかろうじて確認できると思う)。






今年の春にまたオーブ現象がカメラに映ったのだが、それが去年のよりすさまじい、こちら側に向かって画面にいっぱいにたくさんの円形のオーブが映っている奔流映像で、驚嘆したので、これを保存しようとして、別フォルダーに移動させたら、なぜか消えてしまった。それでYouTubeにあげようと思ったのにできなくなってしまったと残念に思っていた。

オーブといえば、円形をしているが、今年の春の円形オーブの乱流をパソコン操作で失って以降、円形のオーブではなく、細長い長方形の光の影が、どのカメラにも映るようになった。

夜間の赤外線モードでしか見ることはないのだが、私は最初それを昆虫が飛行した痕跡だと思っていた。蛾が夜間監視カメラの前を横切ると、確かに白い筋のような映像になる。

しかし、最近頻繁にカメラに映るようになった光の筋は、去年は見なかったタイプのものだ。

これは昆虫の反射像ではないと確信したのは、今月6月4日の監視カメラ像を見て、飛び上がったからだった。

では見ていただこう。




7秒から9秒くらいにかけての映像は、まるで打ち上げ花火の奔流のように見える。


私は円形のオーブ現象は、赤外線をよく反射する花粉のせいではないだろうかと思っていた。花粉がまとまって一斉に飛散する時期にオーブの奔流みたいになると。

ところが、今回見た映像は、どう解釈したらいいのか分からない。そもそもこういった現象が起きているときに、外に出てみると、なにも見えないのだ。だが監視カメラのモニター映像を見ると「光学現象」が画面いっぱいに展開している。「現場」に行って裸眼で見ると、「夜の静寂そのもの」なのにモニター越しに見ると「騒々しい乱舞状態」であることの摩訶不思議さ。

ふと「小さな一反木綿のような姿になって何度も何度もカメラに現れてきたのに、一向に関心をしめさなかったので、奔流爆発化して私に対して怒りをぶつけているのだろうか」と感じた。

じゃあいったい私に何をせよと訴えているのだろう。いまだに分からないままだ。

この映像を解釈できる人がいるなら、教えてほしいと思っている。


Posted by バウンドヘッド - 2013.12.01,Sun
昔「テレビがおかしい」という記事を書いた。

CANDELA製の20型中古アナログテレビを買ったことも報告した。




そしてもうこれからは異常動作をするテレビに悩まされることはあるまいと安心していたら、11月30日深夜、「それ」が再びやってきた。

突然、テレビ画面の入力が勝手に変わり始めた。画面が変わり、しばらくそのままで次の画面に変化していく。このテレビは外部入力が3系統あるので、今はもう映らないアナログ電波用のチャンネルとあわせて、4画面が順番にモニター画面に表示されていく。そして砂嵐のアナログ電波用画面では、ボリューム表示が現れて、勝手に0から100までカーソルが移動していくではないか(深夜にシャー音がマックスボリュームになった恐怖)。

な、な、なんじゃこりゃあー、状態でしばらく、その繰り返しを観察すると、すべての動作がずっと循環しているようだった。ボリューム表示があらわれると、勝手にカーソルが動き出すので、それを待ち構えておいて、リモコンのボリュームボタンで下げるとちゃんと下がっていく。

私が「介入」したせいなのだろうか、今度は画面チャンジのインターバルがすごく短くなって、パッ、パッ、パッ、パッと変わるようになってきた。

ボリューム対決では、途中で、音がめんどくさいので、テレビのヘッドフォン端子に中継用ジャックをつないで音がでないようにした。

いつまでたっても、テレビは同じことを繰り返すではないか。いままでこのテレビのD端子にPCをつないで、huluとかGYAOとかYouTUbeの動画を見ていたので(ワンセグも見てます。まるで昔の3倍速で録画したビデオ映像レベル)、これが使えなくなると思うとがっかりだ。

電源を切ってしばらくして画面動作を確認したが、やはり同じだった。

それで、じたばたするのはあきらめて、その夜はそのまま電源を切って寝た。


夜が明けて(同30日)そのまま仕事にでかけて、夜自宅に戻ってテレビをつけてみたら、今度は昨夜の画面と微妙に表示が変わっているじゃないか。

え、なに、これ?  なんと表示が日本語ではなく、すべて英語表示に変わっていた。
そして、・・・・・おー、これが一番ありがたいことなのだが、なんと今度はまったくチャンネルが勝手に動くというようなことがなくなっているではないか。テレビを「一晩寝かした」のは正解だった。

画面操作が英語表示にはなったけど、とりあえずは、もうしばらくは使えそうなので、まずはひと安心した。これって霊現象、まさかねえ。寿命間近な中古テレビにありがちな、いってみればスーパーノヴァ的変容だったのでしょう。

p.s. とはいえ自宅でテレビ(地デジ)番組を見ることはほとんどないのも事実。現在テレビ番組は水曜日にNHKの「ヒストリア」、金曜日に「クロコーチ」を見てる(仕事が終わったあと職場のPCのワンセグで)。「せーかーい」というセリフはあとを引くね。「クロコーチ」つながりでいうとhuluでやってる「SPEC」が面白かった。パロディ満載の演出がアニメ的だと感じたけど、皆はどうかな? 堤幸彦監督については、当blogで実写映画版「BECK」で言及したことがあるけど、監督自身、結構アニメの演出方法を研究してんじゃないかって、「SPEC」を見ながら思った。実際はどうなんだろう? 「あ、初めてのお客だ。いらっしゃいやせ」っていう戸田恵梨香のセリフ回しが面白かったので、それで「これ最後まで見よう」という気になった。ついでに「ケイゾク」も見たよ。

p.s.2 さらに一晩寝かせたら、結局もとの日本語表示に戻っていた。いったいなんだったんだろう、あれって?

p.s.3 いつの間にか勝手に元に戻ったテレビだったが、あれから5ヵ月後の5/13深夜にまたテレビがおかしな動きを始めた。HuluでNHKの「龍馬伝」の続きを見ようと0時過ぎから見始めたのだが、また入力チャンネルが一定間隔でくるくる変わっていく。しかし今度はボリュームは勝手に動かなかった。私は入力画面が変わるたんびにもとにもどし、だましだましで見ていた。そのおかしな動作は夜通し続いたのだが、なぜか夜明けとともに終了した。

p.s.4 あれから1年後、つまり2014/12/1に、また同じ現象が起こった。日付が同じというのが不気味である。表示が英語モードになり、またボリューム表示が現れ、入力チャンネルが切り替わっていく。ボリュームは0から4まで動くとそのまま止まった。リモコンでボリュームを下げようとしたが受け付けない。それでテレビ本体をいじったら0まで下がった。するとしばらくしてまたボリューム表示が現れ16で止まったまま動かない。なにか数字に意味があるんだろうかと思ったが皆目見当がつかない。これを報告しているのは12/2の深夜である。すでに異常動作は収まっている。
Posted by バウンドヘッド - 2012.11.08,Thu

日本のホラーコンテンツの発展を振り返ってみると、スウェデンボルグが霊界日誌で書いている怪奇現象と似た現象が----これらをわれわれはここ日本で「心霊現象」と呼ぶようになったが----日本人の近代怪奇表現の中で文章にせよ、語りにせよ、映像表現にせよ、これでもかというくらいに提示されているのに気がつかされ、一種奇妙な気分になる。

スウェデンボルグはヨーロッパの白人のクリスチャンであった。だが彼の報告を「商業表現」のなかでしっかりと受け継いで、小説や映画やテレビドラマに仕上げているのは日本以外にはないのではないか、と思う。以下具体的に見ていこう。

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(1)悪霊は人間に痛みを起こす

私は悪霊がやってくるときには体に強烈なふるえが起き、そのためにベッドから転げ落ちたことが何度もある。そして、そのように霊がやってくるときは私の心臓、あるときは肺、口、目、手足などにやってくる霊によって、体の違った部分にさまざまな反応が起きたものである。


(2)悪霊は人間を病気にする

病気の中には霊がからんで起こす病気も少なくない。これも霊が肉体に影響を与えるからだが、これらの病気の原因が霊だということは、霊を患者から去らせてみるとすぐに病気が治るのでよくわかる。私自身は病気とは無縁の生涯を送ってきた。しかし、霊の影響で吐き気とか発熱とかいろいろな症状を起こしたことは何度もある。ひとつだけ面白い例でこんなのもあった。何年も前のことだが、私は霊の影響でひどい吐き気に見舞われ、ものが食べられずにこれでは命も危うくなるのではないかとさえ思ったほどであった。

私はこのほかにも、人間だったときに体に問題のあった人物たちの霊が人間のところにやってくることによって多くの病気を起こす実例を何千と見てきている。


(3)悪霊は悪臭を放つ

私はこのときひどく嫌な臭いで苦しめられ吐き気が続いたが、やがてその悪臭の原因が霊にあるのに気づいた。問題の霊が見えてきたからだ。霊は何人もいたが、彼らと話してみてわかったのは、彼らはみんな人間だったときに仕事もろくにせず、うまい物を食べることだけを楽しみにしていた者たちだったということである。それで死んでからは悪臭を放つ霊になったのであった。

今にも死ぬかと思われたほどの、胃からのきわめて激しい嘔吐を引き起こさせるような性質をもつ霊たちが、私のもとにいた。それはほかの霊たちを失神させてしまうほどの悪臭を放つ性格のもので、実に生命力が衰弱してしまうほどのものだった。かくて、それはいわば死にいたる失神が伴うものであった。私は、それを生み出したのは私のもとに居あわせた霊たちだったとわかったが、彼らは肉体をもって生きていたとき、どんな仕事にも、家事にさえもたずさわらずに、ただ快楽にのみ、おもに食道楽にのめりこみ、それだけを喜んだことを教えられた。


(4)悪霊は死をもたらす

何かの昆虫のように身動きしないで自分の居所にじっとしている。彼らは主によってしか追放されることができず、もし彼らが追放されなければ、彼らは人間に死をもたらす、といわれた。こうした霊たちが時おり病人のところへやって来ると、病人に死がふりかかることになる。


(5)悪霊は人間の思考に影響を与える

霊が人間に与える影響のうちで世間の人々には一番わかりにくく、もっとも影響としては大きいのは、彼らが人間の考えに影響を与え人間の考えを支配するという現象である。これはもっとも重要な問題である。だが、これはもっとも気づかれにくい。

私は「人間の考えなんて自由自在にこっちの思うままに左右できる。人間の頭脳を占領するのなどはたやすい」という霊にもたくさん会っている。ではなぜ霊にはそんなことが可能なのか? それは一言でいえば霊にはそんな能力があるからだ。彼らは人間に夢を起こし、その人間がまったく想像もできない光景(つまり霊界の光景)を表象という能力によってその人間に見せることもできる。霊は人間の考えを支配する能力を持っているからである。


(6)特に子供を憎む悪霊がいる

悪霊やセイレンは子どもの霊を大人の霊以上に憎んでいる。子どもに危害を加える者には、霊界ではとくに厳しい刑罰が課せられている。


(7)霊は風を起こす

霊は風にたとえられているが、私のもとにいる霊たちが、今、私の顔に吹きかかるとともにやってきた。こうしたことは、今までも、さまざまな機会にきわめてしばしば起こった。何とその風はろうそくの炎や紙切れを動かしさえしたのだ。それは冷たい風であって、私が腕を上げたさいに最もひんぱんに吹きつけ、私を驚かせた。この風の起こる原因を私はまだ知らない。


(8)悪霊はなぜか手で脅す

彼らはとくに、むき出しになったように見える腕を、(状況や目的の)多様性に応じて、さまざまな構えで表象することが許されている。

hands.JPG
















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いかがだっただろうか。日本のホラーコンテンツの要素が羅列されていることに、アナタも気がつかれたことだろう。ヨーロッパにおける幽霊大国といえば、もちろんイギリスだ。イギリスでは幽霊の目撃報告が格段に多い。これはむしろ例外といえそうだ。イギリスは日本同様島国で、大陸と切り離され、ケルト文化の伝統を濃厚に受け継いでいたせいなのだろうか。

古代に成立した旧約聖書では「死者との交流を禁ずる」という趣旨の文言が載っている(ちなみにアジアの大陸国、中国では古代に孔子が「鬼神に興味を持ったり語ったりするな」と生者たちに釘を刺している)。自分を敬虔なクリスチャンだと自認している人々は、人前で「幽霊を見た」とは言えない気分もヨーロッパ大陸にはあったのではないか。

そしてその大部分がクリスチャンでもなく、儒教馬鹿にもならなかった日本人が、「見た通り、体験した通りに報告した結果」が、はからずもスウェデンボルグが報告したような現象と似通ってしまったということなのだろうか。

それとも真実は日本のホラーコンテンツの「たね本」こそスウェデンボルグの著作であって、日本の商業人たちがひそかにそれを日本流に翻案したにすぎないのだろうか。

アナタはどう思います?
 

Posted by バウンドヘッド - 2012.08.19,Sun

ヨーロッパでスウェデンボルグが心霊家として活躍し始めたのが18世紀の後半だった。ちなみに、彼が28歳のとき日本では徳川吉宗の享保の改革が起き、彼が亡くなった年の1772年には田沼意次が老中になっている。すでにヨーロッパ人たちが近代化に邁進していた時代である。多くの西欧人たちの心から「敬神の念」が薄れていきつつあった時代に彼は登場した。彼は「続 霊界からの手記」(タツの本)の中で「世間の人々の中には、初めからあの世なんて存在しない、世界とはこの世だけだと考えている人も少なくないのは私も知っている」(P26)と述べている。唯物論者が幅をきかす時代が幕を開け始めていた。


スウェデンボルグがいわゆる「霊に目覚めた」のは50歳半ば近くになってのころだった。それは見知らぬ男との出会いから始まる。「霊界からの手記」(タツの本)によると以下の通りである。

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私が霊の世界に導かれる最初の機縁となった不思議な経験のことを少し述べておこう。

忘れもしない二十数年前の夏の夕べのことであった。このころ、私はある用向きのため故国スウェーデンを離れ、海をへだてた異国イギリスの客舎で初老に入ろうという身でひとりわび住まいをしていた。その夕べ、私は街にでていつもの店で夕食をとっていた。そのとき、店にはほかに客はなく、客は私ひとりだけであった。

食事をすませた私は、今夕は、やや食べ過ぎたかなと思いつつフォークをテーブルに置き、くつろいでいた。

不思議な経験はこのとき起きたのである。

私が食事をとっていた部屋の床面いっぱいに、蛇やガマガエルなどの気味の悪い生き物が突然湧いてでた。私は気もどうてんするばかりに驚いた。だが、しばらくするとこの気味の悪い生き物の姿は消えてなくなり、そこに、それまで一度も会ったことのない異様な雰囲気をただよわせた人物が現れた。

彼は私に告げた。
「汝、あまりに食を過ごすなかれ」

その人物は、私にこれだけいうと私の視界からかき消すように消え、そのあとには雲や霞のようなものが部屋中にただよい、私もその中に包まれてしまった。そして、すぐ雲や霞も消え、私は前のように部屋の中にひとりいる自分を発見した。

私は急いで宿に帰った。だが宿の主人にはなにも話さず自分の部屋にこもって、いまの奇怪な経験について考えた。私は体や心の疲れかなにかの変調のせいかと考えてみたが、そんなことでないのは私自身が一番よく知っていた。

しかし、健康で現世の用向きに忙しかったそのころの私は、このことを深くは思いわずらわず、すぐ眠りについた。翌日の夜には、もっと驚くべきことが起こるとは思いもよらずに……。

翌日の夜、この不思議な人物は再び、今度は私が眠りにつこうとしたベッドのそばにあらわれたのである。私の驚きと恐怖がどれほどのものであったかはいうもおろかであろう。驚きと恐怖にふるえている私に対し、彼はつぎのように、さらに驚くべきことを告げたのである。

「われ、汝を人間死後の世界、霊の世界へともなわん。汝、そこにて霊たちと交わり、その世界にて見聞きしたるところをありのままに記し、世の人々に伝えよ」

この不思議な人物には、その後この世ではもちろん霊界、死後の世界でも一度も会わない。いまの私には、あれが世の人々のいう神というものであったのか、それとも私自身の気づかなかった私の心の中の霊であったのかとも思うが、それはさだかにはわからない。ただ、はっきりわかるのは、私がこれを機縁として人間の死後の世界、霊の世界へ出入りするようになったことだけである。(「スウェデンボルグの霊界からの手記」タツの本P24-P26)
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彼は見知らぬ人物から「世間にメッセージを送れ」と命令され、スウェデンボルグ言うところの「死の技術」を得て、その要請を忠実に実行して人生の晩年期を生きていく。

この「霊界からの手記」のなかで彼は「死者はまず精霊界で精霊となり、その後、霊となって霊界に入る」という趣旨の説明をしている。つまり、日本語的な概念で言い換えると、成仏以前の死者を精霊と呼び、成仏以後の死者を霊と呼んで区別しているのである。だから彼によると「精霊界」は厳密に言うと「霊界」ではないということである。そして、われわれ日本人が大好きな怪談話で出てくる「幽霊たちが引き起こすさまざまな問題」は未成仏霊が引き起こす現象だと説明している。日本では精霊界のことを中有界と呼んで区別している本もある。

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この世の人間が死んで、まず第一にその霊がいく場所が精霊界である。人間は死後ただちに霊となるわけではなく、いったん精霊となって精霊界に入ったのち、ここを出て霊界へ入り、そこで永遠の生を送る霊となる。精霊が人間と霊の中間的な存在であるように精霊界も、人間の世、この世の物質界、自然界と霊界との中間にある世界なのである。(「霊界からの手記」P45)

精霊界は少なくとも精霊たちの意識のうちでは、人間界と少しも変わらないところだといってよいくらいに似ている。(「霊界からの手記」P47)

現代の人びとに、それもごく限られた人にだけだが、直接的な霊との交流が可能なのは、まだ本当の霊にはなっていない精霊との対話だけである。(「霊界からの手記」P201)

精霊と人間との直接の対話が、人間にとって非常に危険な理由は、精霊はまだ精霊界での選別をへた霊でないため、中には凶霊も少なくないこと。また、精霊には、まだこの世にあった人間のときの記憶がかなり残っているため、これが対話の相手の人間に害をあたえることがしばしばあることのふたつによるものである。(「霊界からの手記」P202)

死んだ人間は死後の第一状態から第二、第三状態へという変化を経験しつつ本物の霊になって行く。この変化は霊界における一時的な居留地・精霊界で行われる。第三状態に至れば初めて本物の霊になるわけだが、その前の第一、第二状態ではまだ彼は人間と霊の中間とでもいうべき存在に止まっている。だから第一状態、第二状態のころの彼はまだまだ人間だったときの「尻っぽ」を強くつけているといってもいい。

霊が人間の生活に大きな影響を与えていることは前章で述べた。しかし彼らが与える影響にはいい影響もあれば悪い影響もある。このように一口に霊の与える影響といってもさまざまなものがあるのは、ひとつには彼が善霊か悪霊か、霊界のどの団体に属しているかといったことによる。しかし、他方では彼が死後のどの状態にいるかによっても違ってくるためだ。

前章で私は自分の死さえまだ自覚していなかったスウェーデン国王の例を上げたが、このときの国王はまだ人間にもっとも近い第一状態にいた。そして、このような状態にいる霊は人間にもっとも近いだけに人間にもっとも強い影響を与える。

第一状態から第三状態までの変化に要する時間は霊によって相違し、数カ月の者もあれば数年かかる者もある。中には数十年も第一状態に止まっている霊もあり、こういう霊は仏教的ないい方でいえば成仏できない霊である。世間には数十年も前に死んだ者の霊が幽霊になって出没したり、そのほかさまざまな気味悪い現象を起こしたり、いわゆる「たたり」をもたらしたりといった現象がよくある。そして、これは誰でももっともよく知っている現象である。これもその霊が人間に強い影響を与える第一状態にずっと止まっていることから起きる現象にほかならない。(「続 霊界からの手記」p69-P70)
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スウェデンボルグは本書の中でまず精霊界を描写し、続いて霊界を描写するのだが、その霊界の様子は以下の通りである。

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眼に入るのはどこまでも続いているかわからない赤茶けた色の広漠たる世界----それは砂漠のような感じもしたが、それとは明らかに違うものだった----が広がっており、私はその中に、夕闇のようなうす明かりの中にひとりいるのだった。この世界には、まったくなんの生命あるものの存在も、そのかけらさえ感じさせるものはなかった。それは、まさに永遠の死の世界だった。(「霊界からの手記」P64)
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これと似たような霊界描写をしているのが宜保愛子である。

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霊界とはどんなところなのでしょうか。霊視でこれまで見てきた霊界の様子をご説明しましょう。まず、霊界には、朝、昼、晩の区別はなく、夕方より多少明るいかなという感じです。しかも、季節などありませんから、寒くも暑くもない、どんよりとしたところです。ギラギラと太陽が照るということもないのです。そして、赤土のおまんじゅうのような山また山が広がっています。高い山はなく、丘陵がどこまでも続いています。緑の樹や草はほとんどなく、ただほんの少し小さな雑草が生えているだけです。大きい木などはどこにも見当たりません。(「死後の世界」P62)
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ただ二人とも霊界で最初に見る世界はそういう世界だが、その後別の世界が現れると述べている。

また地獄についての説明も似ている。

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地獄の霊とても人間だったときの悪業に対する刑罰として地獄に落とされ、そこで刑罰を受けているわけではない。地獄の霊は地獄が自分に合っているがゆえに自分で自由に地獄を選んでそこに行くということであった。(スウェデンボルグ「霊界からの手記」P95)
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地獄へと行くべき霊は、ひとりでに自然に足がその方向へと向いていくのです。だれかに選別されて地獄への道を歩くのではありません。霊が霊界に着くと、あらかじめそれぞれの霊のために用意されている道があるわけです。霊界で進むべき道は、現世ですでに決定づけられています。現世での生きざまそのものが、霊界での道に続いているともいうことができます。(宜保愛子「死後の世界」P58)
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宜保愛子の場合、死者はずっとひとりぼっちで、ひたすら「変化のない世界」をとぼとぼと歩き、最後に来世に到るという趣旨のことを述べているが、スウェデンボルグは「思想や宗教を同じくする人々が集団を作って生活している」という描写をしている箇所がある。

シュタイナーは死者は社交期と孤独期を繰り返しながら死後の生活を送ると述べている。社交期は人間の生活の昼、孤独期は夜にあたるとも言っている。

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魂はいろいろな状態を体験していきます。魂はいつでも自分の霊的な照明力、創造力を環境へ向けて放射し、それによって周囲の神霊たちを体験できるようにするのではありません。この状態は、照明力が放射できないように感じられる状態と交替するのです。この状態のときの魂は内的に鈍くなり、もはや光を放射できず、その全存在を内に向け、まったく孤独な生活を体験します。ですからちょうど日常生活において、眠りと目覚めが交替するように、死後の魂は、外側へ流れ出る生活と内的な孤独の生活とを交互に繰り返すのです。(「死後の生活」P63)
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「新耳袋」には父親に話しかけてくる亡くなった幼い娘の話が出てくるが、父親が「あの世ってどんなところや?」と訊ねると「お花畑みたいなところもあるけど、真っ暗なところやで」と娘が答えたという話を伝えている。今までの話となにがしか関連性を感じる報告ではある。

宜保愛子とスウェデンボルグの霊界描写の違いは両人の霊視能力の差から来ているのではないかと私は考えている。シュタイナーは、死者の道行(精神の変化と成長にともなう行動領域の変化)を霊界の惑星軌道によって説明している。そこから考えると、宜保愛子は「水星領域までの霊視者」であり、スウェデンボルグは「太陽領域までの霊視者だった」と言えるのではないかと思う。認識の領域の範囲が拡張すると今まで見えなかった高次の霊(そして深遠なる摂理)を認識できるようになる。宜保愛子もスウェデンボルグも通常の人間では体験しえない体験を持ったわけだが、二人にとっても「まだ認識しえない世界・霊眼に映じてこない世界・さらに遠くへ達する惑星領域」というものはあったのである。しかし彼らの「体験報告」には素直に耳を傾けたい。人間は死後、自分自身を拡張させて、順次行動領域を地球自身から月の軌道範囲、水星、金星、太陽、火星、木星、土星の軌道範囲まで広げていくという記述をシュタイナーが行っている。ただしこの惑星軌道はコペルニクスの惑星観(現在学校で学習しているもの)ではなくプトレマイオスの惑星観による。

これについては次回披露しようと思う。


Posted by バウンドヘッド - 2012.07.31,Tue
もーほんとに暑くて暑くてたまらないこのごろ。

そういうわけで、涼しくなるためのツールとしてのホラー映画や怪談話のお世話になりっぱなしなこのごろ。

YouTubeやGYAOなんぞで稲川淳二の話をまた聞いたりするわけです。


そんななか三木大雲というお坊さんの怪談がYouTubeにあがっているのに気がつきました。これがけっこういいです。

なかでも呪いの人形の話(「土産」)が「実にいやな感じ」でインパクトありました。




300万円のオレオレ詐欺の話(三木大雲の百物語1)もまたいやーな感じでよかったです。「三木大雲の百物語」というシリーズがぽつぽつとYouTubeに上がり続けてますので、これはぜひとも「百話」までやってもらいたいですよ。

この和尚さん、素人の怪談グランプリで準優勝だったそうで、稲川淳二さんから「練習しずぎましたね」と言われたとか。

この人は小さいころから特殊な方面で霊感が働くようで、「死のにおい」(つまり「この人は死にかけている」ってこと)がわかるそうです。(えっ、「死神の匂い」?もしかして。でも「ごげついたような、すっぱっぽいにおい」とは違うようです、住職の場合。」)

なんか顔がいいですよね、三木さん。信頼できるお坊さんというか。


p.s.1そういうわけで調子に乗って三木大雲和尚の文庫本(怪談和尚の京都怪奇譚)まで買ってしまいました。 

p.s.2 ワタシ、宜保愛子さんも好きなんですが、YouTube少ないですねえ。著書を読んで気がついたのですが、あの世(中有界=精霊界ではなくて霊界)の描写(赤茶色の荒涼とした景色)がスウェデンボルグと同じなのが非常に興味深かったですよ。

p.s.3 「新耳袋」の木原浩勝・中山市朗コンビは本のなかで怨念系というか因縁復讐系は意図的に載せなかったと書いてましたけど、今度世に出すべき本は、そのまだ世に出していない「怨念系列」の話じゃないでしょうか。霊視によって見えてきた因縁話を書いてきた宜保愛子さんの本(「死後の世界」)はほぼ怨霊の復讐劇ばかりでしたしね。

p.s.4  大津中2自殺事件では越市長が夕方のTBSのニュースに生出演した際、顔面部の画像だけが何度もゆがむなどという面妖な事件もありました(まさに「ほんとにあった呪いのビデオ」を地で行く感じです)。偶然とは思えないんですよねえ、これ。
 

Posted by バウンドヘッド - 2012.06.30,Sat
昨日(6/22)奇妙な体験をした。

目を覚ましてぼんやりした頭で起き上がり、ベッドにしばらく腰掛けていた。だが、いっこうにぼんやりした頭ははっきりしない。

私は再びまくらに顔をつけてベッドにはらばいに寝てしまった。しかし、なぜか閉じたまぶたの黒いスクリーンをじっと見てしまったのだ。すると、いままで起きたことのない現象がまぶたの中で生じた。

黒い世界の真ん中に小さく色彩が現れたのだった。

f6ac71a9.jpeg










「あれ、何だろう」と、しばらくそのまままぶたの黒い世界を観察していると、色彩を上から覆っている黒いベールが中心から外側に向けてさーっと円状に広がりながら後退していき、ついには、閉じていたまぶたの裏側全体に広がった。


  cd43816a.jpeg                   











それは色彩の世界だった。そのなかに人物絵が現れたようにも見えたのだが、色彩が全体に広がったのは、ほんの一瞬だったので、それは私の視界全体に達するとすぐに消えた。

ふたたびまぶたの裏側は黒くなった。また何か色が現れるかと待っていたが、もはやなにも起きなかった。

上下の絵はそのイメージ図だが実際にはもっと直線でできた図柄にさまざまな色が載っていたように思う。だから、私が見たものは、この絵とはまったく似ても似つかないものだが、あとで思い出した印象がこんな感じなので、説明の便宜のために一応図示してみることにした。

普通、人は目を閉じて何かをイメージしようとするとものすごく苦労する。何かを思い浮かべたつもりでも、実際にはまぶたの裏を総天然色でいっぱいにすることなどまず無理だ。ためしに富士山の絵柄を背景も含め、画面全体がすべて総天然色になるようにイメージしてほしい。「ありありとした全体像」はまず維持できない。

だが、今回の体験では「こっちはなにも意志しなかったのに、勝手に向こうから色彩が現れ、みるみる広がった」ように思えたことだった。私は確かに色彩を全体的に見たのだった。

私は何一つ「意志」しなかった。それは夢に似ている。夢の像も「向こうから勝手に現れる」のだから。だが私はそのとき、眠ってはいなかったのだ。ただ完全覚醒状態かといえば、目をさました直後に起きた出来事だという条件は付く。

皆さんにはこんな体験があるだろうか。「これって何だろう?」などと考え込まず、「別になんでもないや」と、無視しようと思えば無視できる体験。きっと3日もすれば忘れてしまうようなトリビアルな出来事。そういうわけで、書いておかないときっと忘れてしまうと思い、今回こうして報告することにした。

p.s. そうそう今年初めてやもりを見た。6/6の夜10時くらいのことだ。職場の倉庫のドアにしばらく現れ続けたやもりの話は以前、写真付きで紹介した。だが6/6に見て以来、一向に現れない。次はいつ現れるのだろうか?

p.s.2 「次はいつあらわれるのだろうか?」と書いたら(6/30)、なんとあれから(6/6)4週間ぶりに「やもりん」が姿を現してくれた(7/3)。しかも明かりのついている部屋の窓を外側から悠々と横切って消えたのだった。


やもりん、窓を右下から斜めに横切るの図
TS3N00050001.jpg
















窓の向こう側は倉庫になっているのだが、今までこんなことは一度としてなかった。こんな明るい窓の向こう側に堂々と姿を現すなんて。なんかチョー感激したというか、うれしかったよ。ゆるゆると歩きながら「アンタがオレのこと気にしてたから、ちと挨拶しに来てやったぜ」とかつぶやいているのだろうか。

p.s.3 やもりんは、その日の夜は「定位置」(倉庫の入り口ドアのガラス窓)に姿を現さなかったが、次の夜からずっと定位置にはりついて、私が帰るのを見送っている。

 
Posted by バウンドヘッド - 2011.09.29,Thu
エレーニン彗星の怪電波つながりから、オレがYou Tubeにアップしている「ほんとにあった! 呪いのビデオ boundhead編」をつらつら見返していたら、なんか顔に見えなくもない箇所を2箇所見つけた。例の「ゆうれい柱」右横の塗り壁部分を見てもらいたい。その顔に見える箇所の左側には、両方とも光の筋がすこし離れて映っている。

ki2.JPG













で、もう一枚はかっと口を開けている感じに見える横顔。ともに髪の毛がある人のようには見えないね。
ki1.JPG













でもこれは、たまたまそんな感じに見えるってだけなんだろーな。雲を眺めて、いろんな形に見えるような感じつーか。

以下は「ツインピークス」の小人の予言シークエンスを含む動画。音声処理が独特。

p.s.1 1枚目の写真。大きな禿頭顔の左側におかっぱの幼女が顔の前で手を合わせて光の方を見ている図にも見えなくはないと、これもあとで気がついた。

p.s.2  前々回「エレーニン彗星の怪電波をリバースで再生したら、どう聞こえるか」という提示を行ったYou Tubeのビデオを紹介した。あの音声を初めて聴いたとき、オレの頭のなかにすぐに「ツインピークス」の小人の予言シーンが浮かんだ。だからここで紹介したんだけど、今日(10/1)になって、実はあのシークエンス全体がリバース再生されたものだったってことがYou Tubeの関連動画で分かった(超ビックリ)。本来の撮影ではマイケル・J・アンダーソンはセリフを逆から発音していたのだった。もちろん動作も含めてである。だからこそあのシークエンスはあれだけ独特なニュアンスが出せたのだった。

Posted by バウンドヘッド - 2011.09.28,Wed
自宅のしかも自室で、1度だけヤモリを目撃したことはすでに報告した。

しかしここにきて仕事場でもヤモリを目撃するようになった。

110903yamorin2.jpg
















この場所ですでに2年ほどを過ごしてきたが、ヤモリを見たのはこの日(11/9/3)が最初だった。

シャッターを下ろし、車のエンジンをかけて、ライトをつけると、シャッターの隣の倉庫入り口のドアのガラスにおなかをこちらに向けて張り付いている「あるもの」に気がついた。

「あ」と思ったが、すでに車のエンジンをかけていた。バックを始める。だが思い直してエンジンを切り、携帯を持って、そばまで寄り、「証拠」を残しておくことにした。

おもしろいことにこのヤモリはだいたい夜の9時半くらにいにはドアに張り付き(っていうか何時にそこに現れるのかはまだ正確には分からない)、それ以降じっとしているみたいだった。(何時までそうしているのかも分からないが。もちろん昼間はみかけない。)

その日以来、彼(あるいは彼女)はずっと同じ時間にそこに出現しつづけている。

p.s.1  ちなみにヤモリはいつもガラス窓のちょうど中央部にいるのだが、オレが写真を撮ったときは、近づくとゆっくりと上部へ移動しはじめたので、こういうアングルになってしまったのだった。

p.s.2 だが9/29現在、ヤモリはもはや姿を現さなくなってしまった。
Posted by バウンドヘッド - 2011.08.19,Fri
てのひらの写真を公開した日に異常な動作をした中古テレビ。この日をピークに、その後すこしずつ、勝手に点いたり消えたりする場面に遭遇することが減っていき、ついにはまったく「静かな日々」が続いていたのだが、ここ最近また勝手に----とはいえ頻繁ではないが----スイッチが入るようになった。

まずカチッと音を立てて画面が点いた状態から始まった。ところがしばらくして、カチッ、カチッとスイッチ音が必ず2回連続して鳴り、「あ」と思ってテレビの方を眺めると、実際にはテレビは点いていない状態になっていることが最近は多い。

で本日(8/18)、今まで気がつかないでいた新たな現象を発見した。昼間ベッドの上でまどろんでいたら、例のごとくテレビのスイッチがカチッ、カチッと2度音を立てた。「あっ、まただ」と思ってまぶたをひらくとまたカチッ、カチッと2度音を立てたのだが、そのときオレは天井の蛍光灯をぼんやりと眺めていたのだった。この蛍光灯は20W管が縦に3本並んでいるタイプのものだが、もちろん昼間だから点いていなかった。

keikoto.jpg

















ところがテレビの音がカチッ、カチッというのに合わせて、蛍光灯の中から---白い大きなプラスチックカバーに覆われているから、下からは蛍光灯そのものは見ることができない----小さい青白い光が点滅したではないか。

「えっ、今の何?」

記憶では、真ん中の蛍光灯が、その長さの部分の3分の2くらいの位置で光ったようにも見え、蛍光灯と蛍光灯の間で光ったようにも見えた。実はプラスチックカバーの中で光ったかどうかも今となっては曖昧だ。プラスチックカバーの外で光った可能性もある(これだとかなりコワイ)。

そしてそれは点灯管(グローランプ)のある位置のようにも思えなかった。ただねぼけていたので、実際に光ったのは点灯管のひとつだったのかもしれない。確かなことは「オレはソレが光るのを見た」ということだけだ。

テレビが勝手につく」で検索すると専門家がいろいろと原因を書いてくれているが、オレの部屋で起きた現象はいったいどれにあてはまるのだろうか。

p.s,1  写真は翌日8/19昼間に携帯で撮ったものだが、なんか蛍光灯のプラスチックカバーを左上の角から右下角に対角線上に分けた左側半分に顔が映っているようにも見える・・・・・ってまあ気のせいだよね。もー、やだ、こんな生活。

p.s.2  本日(9/3)夜中、またテレビの電源が勝手に点いた。まずカチッカチッ2回鳴る。顔を上げると当然テレビは点いていない。そしてしばらくしてカチッ。今度はテレビが砂嵐画面のまま、しばらくつきっぱなしになった。それを黙ってしばらく眺めていると、またカチッと音をたてて電源が切れた。だが今夜の体験で一番奇妙な現象は、さらにしばらくたってから起きた。オレがノートパソコンでネット上のナルト少年編(190話)を見ようとして再生ボタンをクリックしたら、再生された動画のしょっぱなに本編のものとは違う「一連の、何事かを語り続けるしわがれた声」がパソコンにつないであるヘッドフォンから聞こえてきた。絵は動いているのに音がそれとまったく合わないのだ。その声のタイプは「ほんとにあった呪いのビデオ boundhead編」で紹介したビデオの「あのしわがれ声」と同質のものに思えた。だがそれはまるで日本語には聞こえず、音声ははっきりと聞こえても皆目何を言っているのか分からない。そのしわがれ声が終わるとビデオの音声は通常に戻った。それでURLを再読み込みしてまた同じような現象が起こるかどうか試してみた。すると今度は音声異常は起こらず通常の再生状態になっている。はて、さっきのは何だったのだ? これはいよいよおかしなことになってきた。パソコンの音声をジャックして「何語か分からない訴えかけるような言葉」を聞かせるなんて、いったいこれは何が起こってるんだろう。だがいまもってオレには何も分からない。

p.s.3  ところでナルト少年編192話はオレにとってもっとも「衝撃的」というか「笑撃的」なエピソードだった。屋敷の上で姫に化けたナルトが「あんなこと」しながら走るシーン。あのジョロジョロ感を「しっかり描き込む」たあ、まったくスゲーアニメだよ。

p.s.4  「ナルト」のカカシ先生役といえば井上和彦だけど、この人が「別声」で演じている「夏目友人帳」のニャンコ先生が、もー、ほんとにサイコー。エンディングで再登場する「本日のニャンコ先生語録」はいつも笑える。なのでいつも楽しみにしているのだった。「牛丼のブルース」って何? もしかして「You don't Know blues」とひっかけてるの、これ?

p.s.5  「あのしわがれ声」と直接関係はないんだけど、宇宙(巨大彗星エレーニン)からの怪電波を加工した音声(特に以下のバージョン)がやたらホラーっぽくて、こわい。「あっ、ああ、あああ~」と音程が上がっていく箇所が実にいい。音楽的かつ中毒性がある。実際オレは口マネしてしまったよ。詳細はここでご確認ください。「終末の音」ってフェイクじゃないの? そうじゃないとしたら、これも奇怪でこわいよねえ。ちなみにオレが唯一持っている洋画DVDが----北米版の「LEXX」TVシリーズを除くと----「コンタクト」だった(昔ホームセンターで1500円で買ったやつね)。なついなー。ってことで、ひさびさ、見直してみよーっと。



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