-
前回、PCゲーム「めっちゃGOLFデラックス」の元祖であるPS2版の「エンジョイ・ゴルフ!」もグランドスラムを達成したいという話をしました。
あれからも毎日一試合ずつゲームを進めてきました。
34番目の試合会場たるエデンズ・ガーデンは失敗せずに進めましたが、最後の35試合目の試合会場たるアヴァロンズ・ヒルは2度連続で失敗してしまいました。
「ああ、10回くらいは再挑戦するの覚悟しておかないといけないかなあ」と思ってましたが(PC版ではそうだったので)、3度目で突破できました。
今回のマッチプレイではPC側は私に対し「忖度モード全開」だったので勝てたんだと思うんです。特に最後の対戦相手であるバランが「バランがこんなに下手っぴなわけねーだろ」とこちらが気の毒に思うくらいの「八百長モード」だったような気がする。
まあ、それでもさらにたくさんの時間を奪われずに、3度目でようやく、すべての試合相手を突破できてよかったです。
ラスボスのバランは18ホールによるマッチプレイでしたが、ほかのメンバーは、最短で2勝するか、1勝2引き分けできれば、先へ進める形式になっています。
結局8勝2敗3引き分けで終了しました。
PC版、PS2版の両方に接して一番最初に出てくる感想は、オリジナル版(PS2版)は、映像が暗すぎるという欠点があったので、この欠点をPC版では完全に払拭したんだなあということです。そのほか印象に残った部分は、PS2版からPC版への移行に際して、さまざまなマイナーチェンジが施されていますが、特に表彰式会場において、PC版では各試合で優勝すると両手を上げてジャンプしながら喜びを表現していたキャラクターが、オリジナル版では、「壇上で上品に手を振る」という形になっていて、これはこれでいいじゃん、と私は思いました。
さて、結構長期に渡って継続してきた一連の「調査研究を兼ねたゴルフゲーム体験」でしたが、「13人目のミスターX」との最終決戦はありやなしや、という未解決の問題は依然として残ったままです。今後はあまり熱心にこのゴルフゲームをすることもないかもしれませんが、死ぬまでに、「謎が解かれる」ことが「偶然にも」起こればいいなあくらいのスタンスです。
PC版用にも無線式ゲームパッド(エクセレント率が爆上がりするやつ)を手に入れたので、今後はPC版もゲームパッドで遊ぶ予定です。
ただこの無線式ツイン・ゲームパッド、使い方が今一つよく分かりません。ペアリングボタンが点灯しているほうだけが、使えます(下二つがPC用)。動作については、ゲームの種類にも対応の違いがあるのでしょうが、「その検証」については、また別の研究テーマになります。
何か気づきがあれば、報告することもあるかと思います。
この期間中、石平信司監督の「ログ・ホライズン」を見てました。すごく久しぶりに。でもNetflixにはないし、アマゾン・プライムにもない(別の契約方法で見ることはできるようですが)。それでひさびさツタヤ・ディスカスで旧作60円セールをやっていたので、DVDを借りて見ることにしました。season4が作られないと「なんかこのアニメシリーズ、まだ終わってないじゃん感」が強烈なので、実現してほしいですよね。
ちなみに、石平監督の「転生系」「異世界系」のアニメ、何気にみな面白いですし。「月が導く異世界道中」とか「転生したら剣でした」とか。
あとひさびさに見直してびっくりしたのが伊瀬茉莉也がお姫様を演じていたという事実です(10年以上前の、初見時は声優チェックしてませんでした)。
伊瀬茉莉也といえば、HUNTER×HUNTERのキルアボイスでしょう。彼女はこのアニメで、姉のレイネシア(まったくキルアボイスと違う)とその弟のイセルス役をやっていて、弟は男の子ですが、キルアボイスとはまた違った声を出していて、「ほんと女性の声優さんて、スゲーなあ。つか、いろいろな音色をひとつの声帯から出せてほんまうらやましい」と思っちゃいました。
歴史的には、ミュージシャンというか歌手は「自分は一種類のボイス(音色)しか使っていない」という事実を意識化することはなかったし、疑問を感じることがなかったはずで、昭和の時代から声色(こわいろ)を使ってアニソンを歌うのは、声優たちに限られた特殊技能だったはず。
でも声優ではない人々、一般のミュージシャンあるいは歌手には「まだ手付かずの鉱脈」が、眠っていると思うんですよ。
この点については、昔、シュシュ(chouchou)とか猫祭り姫とかでも言及したことがありましたね。
そういうアプローチでアルバム作りをしているミュージシャンはほとんどいませんから。とはいえ、音楽制作においても多彩な「ねいろ」を駆使することのできる声優的歌唱の展開は、「こんな手法があったのか」と、ミュージシャンあるいは歌手を自称している人々の目を覚まさせるまでにはいたっていませんね。
声は音色(ねいろ)なんですよ。でも実写ドラマや映画を見ていると、役者の声に注意が向くことはほんとありません。そこがとても不思議で奇妙なところです。実写で役者が出す声は「音色(ねいろ)」的に、つまり「それ自体が鑑賞されるべき対象としての美的何か」として「人間たちの耳」には届いていないのでした。これって、すごく面白い「現象」ですよねえ。
その歌声を聴けば「ああ、〇〇だ」とすぐに分かるような歌手のヒット曲のうわさをトンと聞かなくなって久しいですよね。近年のアニソン系だとangela(アンジェラ)のatsukoみたいなタイプの声質はとても貴重品。まあangelaは「近年」じゃなくてキャリア長いですけど。だからというんではないですが、そのような「J-POP」状況に失望した「歌声マニアたち(私もその一人ですが)」はむしろアニメの声優が、独特のセリフ回しで奏でる、そういう唯一無二の声質の音色の甘美さに「日本の流行歌から失われてしまった要素」の代替品を求めているのかもしれません。だから私みたいな感覚で、声優の声を味わっている人は案外たくさんいるんではないかと思います。
そういうわけで、以下、余談ですが、独特で個性的で、なおかつ甘美な歌声の思い出を、過ぎ去った過去(70年代80年代90年代)から時々呼び戻して聴いていたりします。
最近、「独特で、個性的で、なのにやっぱいい声だよなあ」と昔を思い出して聴いていたお気に入りボイスの持ち主が、PSY・S(サイズ)のchakaと麗美でした。PR -
もうほんとボクは「寒がり」なので、変温動物の仲間ではないにもかかわらず、約3か月の間、あちこち動き回って、アレコレやるのは、「ほんとめんどくさい!」的な人間になってました。
以下は菊地朋貴の名曲「寒がり」。2007年にこのブログを始める以前、私はすでにブログ活動をしていました。その当時そのブログで「菊地朋貴推し記事」を書いたら、なんとご本人がコメントくださいました。でもほんとうにご本人だったか今となっては確信が持てません。そのブログは運営会社が撤退予告を出して結局なくなったので、いまや参照することもできません。2007年以前と言えば、村田和人関連の記事でパイパー(山本圭右)の周辺の人(女性)から、「音源があるからあげましょうか」とコメントもらった事件もあったっけ。結局音信不通になって沙汰やみになりましたけど。
ネット上のことだから、「本人かどうかも含め、話を本気にしちゃいけない」ってことでしょうねえ。とはいえ、今となっては「本物であれ偽物であれ、スクリーンショットをとっておけばよかったなあ」と「しまった感覚」に襲われています。
ということで、話を「近況」に戻すと、この冬は、ゴルフゲームをやるか、アニメを見るかぐらいしか「活動」できていませんでした(いやそれ活動じゃないだろという突っ込みが聞こえる)。
とはいえ、シュタイナー本の読書は(おもに再読)ずっと毎日やってはいましたけど。
でも最近のアニメはいささか食傷気味でして・・・・。つまり続きが見たいという欲求を引き起こす力がちょっと弱い感じなので、「それじゃあ代わりに」ということで、結局、以前見たアニメを再度見てました。
いいですねえ、「メシ食いながら見れるアホみたいなアニメ」(誉め言葉です)。笑いは「消化(≒解毒)を助けます」し。「気持ちを落とす系」を見るときは、メシ食ってちゃだめですよね。ちなみにシュタイナーによれば、古代(キリスト以前ですかね)において「神々は陽気な存在であるとみなされていた」、なんて話もあります。とはいえ、エドガー・ケイシーによれば、キリストは陽気な人だったようですし。彼のリーディングによれば、処刑の場面においてさえ悲壮感マシマシの人(神)ではなかったとのことです。
オーバーロード
転生したらスライムだった件
月が導く異世界道中
(Netflixにて)
これらは周期的に何度も見返してきたアニメ群ですが、そういうわけで、この冬もまた見てしまいました。
今は「嘆きの亡霊は引退したい」(こっちはAmazonで)を見直している最中です(当然メシ食いながら)。「嘆きの亡霊は引退したい」のオープニングの、ほかのアニメでは見られない独特の編集は、いつ見てもワクワクしてしまいますよねえ。杉田智和のナレーションとともに楽曲もすごくそのテンポと調和しているし、ほんとスゴい編集感覚だと思います。ちなみに14話以降の第2クール目も楽曲を変えて同じ構成を踏襲しています。以下に楽曲のみのバージョン(「葛藤Tomorrow / Lezel」)紹介していますが、このアニメの始まり方のほんとの良さは、番組開始に沿ってナレーションやその回の物語の一部が挿入され、途中で引っ込んだかのように見えたOPの楽曲がサビとともに再び戻ってきて、最後にそれぞれの要素が統合されてOPとして終了するまでの全体のかっこよさにあります。
この曲を聴くと「同時」につい思い出してしまうアニソンの名曲が、Solty Reiの「clover」(by meg rock)。聴き手に、なんかワクワク感を感じさせつつ、自分の内部に隠れている勇気みたいな感情を刺激していくような感覚をリスナーに喚起するところが似てますよ。
それにエンディングの「叫び声」を「音楽要素」にしてしまった「すくりぃむ!」。ティノが腕をあげてパタパタと羽ばたくような振り付けをみたとき、「おお、なんだこれはすばらしい」と感動というか、なんというか、「ここでそういう振り付けを入れるとは」と、とにかく感嘆したのでした。
ちなみに「嘆きの亡霊は引退したい」は、私のお気に入りアニメ「ティアムーン帝国物語」にも使われているモチーフ(相手が勝手にポジティブに誤解する)を存分に利用したアホアニメですよ。
と・は・い・え・・・・・
「冬期の活動報告」が「アニメを見てました」だけとか、
非生産的生き方極まれり、Death(です)。
去年の今頃、やっぱりブログに記事を投稿するのを怠っていて、「去年の年末からずっとゴルフゲームばかりしていました」みたいな言い訳を書いてたような気がします。
今年は年始から、やっぱりゴルフゲームやってました。とはいえPS2版でのグランドスラムを目指すという「目標」はブログでも書いてましたね。
でも、一日一試合と決めてやってきました。18ホールを終えるのに40分から50分かかります。時間をそれ以上ゲームには割かないってこともルールにしてやってます。
グランドスラム達成まで35の試合会場あるので(一応前へは進めたものの、入賞の試合は優勝目指して再度挑戦予定)、毎日やってもひと月では終わりません。
で、いまようやっと終わりが見えてきました。
PS2版の試合はほぼ全部録画する計画で始めたので、上の写真のような感じです。最初の試合をクリアしてから「あ、録画しよう」と思い立ったので、最初の試合は録画できてません。
途中から録画機材を変え、さらにその途中でゲームパッドを無線式にも変えました。
このゴルフゲーム、ある程度上達すると「プログラム側が適宜忖度モードを発動するなあ」と感じます。接待ゴルフでクライアントにわざと勝たせるような、アレです。
とはいえ、ほんとにへたくそなら(いつも+10以上になれないようなレベルだったら)、プログラムがそんなことをしてくれているとは感じないでしょうが・・・・・。
そういうわけで、PC版で1年間修業して、それぞれのコースの攻め方もすでに自分なりの方法が出来上がっているので、PS2版では、ほぼ毎回負けずに、とはいえ場合によってはぎりぎりセーフで(忖度モードのお世話にもなりながら)進んでます。
音楽活動の方は、やっと暖かくなってきたので、「みのむしモード」を脱して、録音作業再開したいと思ってます。
秘教学徒再開については、いまのところ「人智学ラボさんの動画を楽しみに見てるだけでいいや」的なマインドになってるので、やるにしてもいつになるか分かりません。
人智学ラボさんが参照元にしているルドルフ・シュタイナーのアーカイブサイト、ほんと便利になってますねえ。
英語版もドイツ語版も見れるし、PDF印刷支援機能もある。Chromeの翻訳機能と合わせて使うと、外観が日本語版仕様に変化するし。
それで以下のようにPDF印刷機能を使って16ページ分印刷して、それをホチキスで綴じてみました(エーテル界におけるキリストの再出現 10.個々の霊的存在と世界の分割されない基盤:パート1 GA178)。
今回の印刷では、最初に奇数ページを印刷して、二度目に裏側に偶数ページを印刷してます。
この章、なかなか興味深い話が出て来ますよ。
P.S.
ちなみにページを日本語化するときは、Chromeの右上に出てくる翻訳アイコンを押して、読むのがおすすめです。ページトップ右端ではなく、中段右カラムに出てくる翻訳機能を使うと、ものすごくひどい日本語訳になってしまうので、お気をつけください。将来、再度利用したとき、「改善」されていることを期待してます。
-
PC版のゴルフゲームでグランドスラムを達成したあと、PS2でもグランドスラムを達成したいと思うようになったと前回書きました。
でもSONYの純正品、つまり有線式のゲームパッドがちょっと不満でした。それでこれを無線式にすることはできないのかと思い、AliExpressであれこれ探したら、1200円くらいでPS2対応版の無線式ゲームパッドが売っていたので、さっそく注文して手に入れました(おととい届きました)。
白い躯体に刺さっているPS2の信号受信ランプが光っているのが皆さんにも写真で確認できるでしょうか?SONYの純正品に比べて、右スティック感度が低いのか、スイング結果がエクセレントばかりになって、「うわー、やっぱ道具の選択って大切なんだ」と思いました。「低感度」の(というかスティックの動きが固い)せいで、逆に打ち出しが「とても安定的」に行えるようになりました。
代わりに左のスティックも有線の純正品に比べて繊細な動きをしなくなったので、風力情報によって打ち出し方向を左右に適度に振る操作に逆に時間がかかるようになりました。でもこれは慣れでカバーできそうです。ということで、有線から無線に変えた判断は、プラスマイナスで言えば、総合的にはプラスです。
今後は「無線式」でグランドスラムを目指そうと思います。 -
PCゲーム版の「めっちゃGOLFデラックス」でグランドスラムを達成し、エンドロールを見たあと、次に私が向かったのが、本家の、つまりPS2版の「エンジョイ・ゴルフ!」においてもグランドスラムを達成することだった。
当初はゲームコントローラーを使うのが下手すぎて、「とてもムリ」とほって置いたのだが、PC版で「経験を積んだ」ので、改めて挑んでみると、前よりずっと上手に進めるようになっていた。
でも、やっぱり親指の動かし方を誤ると、poorとかbadとか、PC版ではありえない、ひどいショットになる場合が定期的に起こるので、特に最初のうちは、ちょっと閉口気味だったけど、今ではスティック操作にもだいぶ慣れてきたところだ。
PC版をやっているときは、時々OBSというフリーソフトを使ってゲームの録画をしていた。このときはHDMI信号用スプリッターと、そのスプリッターの片方から出てくるHDMI信号をキャプチャーして、もうひとつのPC(のOBS)に送るという方法を採っていた。
昔PS2版のゲーム動画を当ブログでも紹介したことがあったけど(以下のGIF)、そのときはXP時代の古いソフト付き機材( PCast PC-MDVD/U2)を使っていた。
でも、「もっと簡単に扱える道具(キャプチャー)がないだろうか」と思い、Yahoo!ショッピングで探してみたら、Windows11で利用できるキャプチャーが1280円で売っていたので(もともとはVHSをDVD化したい人向けの商品)、それを買ってゲームを録画してみた。
操作は簡単だったけど、録画されたものは、質のいいものではなかった。PS2のゲームを録画すると、色味がもとの画像よりもっと暗くなってしまっていた。
「なんか、違うんだよなあ」と思いながら、それでも録画作業を続けていたのだが、「そうだ。OBSを使って録画してみよう」と思い立ち、AliExpressで、PS2から出るアナログ信号をオリジナルの4:3のままHDMI化してくれる装置を見つけたので(4:3が16:9化してしまうコンバーター製品ばかり多い中で)、それを取り寄せて使ってみることにした。
PCへの接続が煩瑣になったけど、録画結果は上々だった。
その結果が、以下の写真だ。同じコースだけどホール違い。女子の名前はダイアナ。PS2版における、私のメインアバターなのだった。PC版はローランド。
左がOBSで録画したもので、右が1280円のキャプチャー付属ソフトで録画したものだ。右の写真はXP時代のPCastで録画したものよりも暗く映っている。
逆にPS2から出ているRCAケーブル内を流れるアナログ信号をHDMI化して、OBSでキャプチャーするとこんなにきれいに撮れるんだと、びっくりした。
これまでの話を図式化すると以下のようになる(画像をクリック)。
PS2のゲームを動画としてPCに取り込みたいと思っている人は私以外にも結構いると思うけど、どんな方法、どんな道具を使うかで「結果」に大きな差が出ることが分かった。
1280円のUSB動画キャプチャーは画像が暗くなってしまうという欠点を持っていた。類似品はいろいろあるみたいだけど、値段に差があり、「同じ外見だけど、録画結果のよいキャプチャー」も存在するのかもしれないが、私は「今はもうOBS系一択でいいや」と思っている。
ということで、PS2録画に関して、当ブログに検索でたどり着いた誰かの参考になったのなら、幸いです。 -
去年、私にとって「家族問題」でもっとも衝撃的だった事件は、5月、大阪で5歳の女の子が、自分の目の前で父が母を刃物で刺し殺す場面に遭遇し、続いて自分も背中から肺に達する刺し傷を負わされて倒れ(そのとき父親は娘が亡くなったと思ったか)、今度は父親自身が刃物で自害して倒れ伏してしまった部屋で、両親の死体とともに数日過ごし、夜を明かし、ついに、それまでどうしていいか分からないで両親のそばにいた「5歳の女の子の心」が外に出ようと決断して近所に助けを求めた、というものだった。数日間、家から出ずに両親の遺体のそばにいた彼女が何を感じて長い長い時間を「がまん」して暮らしていたのか私は空想した。
最近の事件では、36歳の母親が、夫からすれば無人だったはずの自宅で高校生の息子と小学生の二人の息子とともに心中した事件もショックだった。そのあとも年が明ける直前まで、別の地域で起こった母子心中の報道がいくつか続いた。
最近はニュースはYahoo!のポータルサイトで見ているが、去年「5歳の女の子」の記事に出会って以降、「主なニュース」が並ぶ上段の記事ではなく、その下に出てくる記事に「家族間の事件」を扱う記事が一日数件、毎日のように載るようになっていることに気がついた。
昔「その欄」は、写真がひろゆきだらけになっていることがあって、当ブログで「気持ち悪い」とわざわざYahoo!のポータルの編集方針に疑問をぶつけたことがあったが、最近はあのころと記事の傾向が変わっている。
それでこの取り残された5歳の女の子の報道記事をきっかけに、試しにYahoo!の「家族間の事件」を扱った記事をPCのメモ帳に転記して集め始めたら、ひと月で膨大な数になった。それを去年の12月まで続けたのだが、毎日毎日、日本のどこかで、夫婦間で、親子間で、兄弟姉妹間で、「暴力&殺人事件」や「死体放置事件」や「心中事件」が起きていて、もうほんとにいやになったので、記事を集めるのは去年でやめにして、集めた記事も削除してしまった。
こんな記事ばかり集めて読んでいたら気分が悪くなるばかりだし、熱心に記事を読んでいる自分の周りに悪霊さえ寄ってきかねないと思ったのだった。
Yahoo!は、なんでこれほどまでに家族間の事件を頻繁に取り上げるようになったんだろう。統計的に過去に比べて家族問題が急に増えたというわけではあるまいにと思う。「彼ら」の編集方針に、何か隠れた意図でもあるんだろうか、とまで疑ったほどだった。
ちなみに実話めかして感動的な話を聞かせてくれる、いわゆる嘘松系の書き手が(アニメ銀魂の「自動車教習編」はそれをメタ次元で指摘してくれているいい教材だ)2チャンネル全盛時代に暗躍したものだが、この手の文芸の才能のある者たちの一部は、こんにちYouTube事業を手がける大小あまたある企画事務所の雇われ作家として、人情話や都市伝説、恋愛コンテンツから占いにいたるまで、それどころか、すでにあらゆる領域であれやこれやの作り話の台本を書き、企画事務所の雇われ者である動画作成担当者に渡しているんだろう。
「次は〇〇のテーマで15分用の台本を作れ」という指令のもと、締め切りに追われながら「作り話」の台本を書き、動画作成者がそれをもとに動画を作り、「この絵を見てAと思った人はこれこれの可能性があり、Bと思った人は、こういう傾向がある」とかなんとか…、そのような話を真に受けて真剣に動画に付き合っている視聴者たちをカモにして稼いでる。
オールドメディアからニューメディアまで、結局、「言葉で騙して稼ぐ」という手法に違いはない。重要なのは「一か所に人(耳目)を集める」ことなのだから。人(企業が商品を売りつけたい相手)を一か所に集めるから、視聴者に企業CMを見せませんか、CMは売り上げに大貢献してくれるでしょう」。そう言って「企業という本来の顧客(これもまたカモ)」相手に法外な広告料を吹っ掛けてきた。かつてメディアがマス(巨大)化していく時代にこの手法(金の集め方)を考え付いた人物(西洋人の誰か)は、すばらしいアイデアマンだったのであり、希代の詐欺師だったとも言える。
Yahoo!に載る記事の話に戻ろう。「彼ら」が事件として載せている記事のなかには「ある都市の夫が妻を殴った」いう趣旨の実名なしの話があり、ただの夫婦喧嘩なのに、なぜこの程度の話まで全国に「さらす」(報道する)のか理解に苦しむような編集方針ではあった。「名前を伏せて報道しているんだから、ほんとにこんな事件が起きてなくても記者が創作することも現代では簡単だろう」と疑いたくなったこともあった。
「昭和の奥さんは殴られたら我慢したが、令和の奥さんはその場でスマホから警察に電話する。すると、その事件の起きた場所が当事者たちの名前を伏せたうえでYahoo!で全国報道される」他にも父親が息子に暴力をふるい、息子がその場で警察に連絡してYahoo!の記事になったものなど、いろいろとバリエーションがあった。かつてはうちうちでやり過ごされていた家族間の暴力問題は、いまでは即刑事事件になるというのが令和式だということなのだろうか。
Yahoo!に載る家族問題では、夫VS妻、親VS子、兄VS弟、祖父母VS孫などなど、加害者と被害者においても、いろんな組み合わせで事件になっている。
「ニッポン人てこんなに家族の仲が悪いんだ」と思ってしまう。
「毒親」や「親ガチャ」という言葉がネット世界を頻繁に飛び交う時代にもなった。もしかして今や世の中はいわゆる「毒親」で満ちてるんだろうか、と思う。
昭和時代に相良直美が「世界はふたりのために」という歌で大人気になったが、子どもが生まれると「世界はふたりのため」にあるんじゃないとすぐ気づくことになる。それでも昭和時代はまだ「家族の紐帯は堅固」だったんじゃないかと思う。女性の忍従という但し書きは必要ではあるけれども。
こんにちでは子供は成人後「隠れた恨みの念」を親に対して抱き続けていることが多いのかもしれない。その子は「家族運営における、模倣先、よき家庭モデルを知らない」ことで、結局自身も毒親化するんだろう。
今の若者たちにとって、こんにち家族を持つことは、親の側にとっても子供の側にとっても、「未来に発動する時限爆弾」をみずから確率的に用意しているようなものだ。
「家族を持つことはリスクである」
そもそも結婚しなければ、将来爆発するかもしれない時限爆弾を作り出し、そのスイッチを押すこともないし、そうなれば「家族」の加害者になることも被害者になることもない。
そんな表現がごく当然のようにネット上を飛び交う時代になった。
Yahoo!で毎日のように「家族の地獄化」を提供すべき話題として読者に見せつけるようになった。
年齢が80歳を超えてから、ついに自宅で同居している息子に殺される母親や、殺人ではないけれども、病死したままほっておかれた母親の事件が去年あまりにも多かったことに愕然とする。
「息子を持つこともまたリスクである」
同居息子との関係における高齢の母親の受難報道をこれだけたくさん見せられると、まだ若い母親の中にはそんな思いに漠然ととらわれてしまった人も、あるいはいるのかもしれない。
今回こんな記事を書く気になったのは、YouTubeでたまたま見かけた新築住宅の流行に関して、以下のような「意外な言葉」が解説文に添えられていたことがきっかけだった。
「家族を持つリスク」
昭和時代には聞いたことのない表現だ。
実際の動画は以下。
今の世の中、いろんなことが複雑になりすぎて、家族は、もはや心のよりどころじゃないっていう話なんだろう。
「人間はひとりの方がいい」と歌ったのは森田公一とトップギャランだった。
-----------------------------------------------------人々はますます小さなグループに分裂していきます。その結果、ついにはグループにはたった一人の人間しか属さないようになるでしょう。そうなればさらに、一人の人間は左と右に分裂し、自分自身と争うようになるでしょう。つまり右の人間が左の人間と争うのです。そのため多くの素質が現在すでに、人間の進化の中に現れています。(ルドルフ・シュタイナー『悪の秘儀』P207-P208)
-----------------------------------------------------