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去年、私にとって「家族問題」でもっとも衝撃的だった事件は、5月、大阪で5歳の女の子が、自分の目の前で父が母を刃物で刺し殺す場面に遭遇し、続いて自分も背中から肺に達する刺し傷を負わされて倒れ(そのとき父親は娘が亡くなったと思ったか)、今度は父親自身が刃物で自害して倒れ伏してしまった部屋で、両親の死体とともに数日過ごし、夜を明かし、ついに、それまでどうしていいか分からないで両親のそばにいた「5歳の女の子の心」が外に出ようと決断して近所に助けを求めた、というものだった。数日間、家から出ずに両親の遺体のそばにいた彼女が何を感じて長い長い時間を「がまん」して暮らしていたのか私は空想した。
最近の事件では、36歳の母親が、夫からすれば無人だったはずの自宅で高校生の息子と小学生の二人の息子とともに心中した事件もショックだった。そのあとも年が明ける直前まで、別の地域で起こった母子心中の報道がいくつか続いた。
最近はニュースはYahoo!のポータルサイトで見ているが、去年「5歳の女の子」の記事に出会って以降、「主なニュース」が並ぶ上段の記事ではなく、その下に出てくる記事に「家族間の事件」を扱う記事が一日数件、毎日のように載るようになっていることに気がついた。
昔「その欄」は、写真がひろゆきだらけになっていることがあって、当ブログで「気持ち悪い」とわざわざYahoo!のポータルの編集方針に疑問をぶつけたことがあったが、最近はあのころと記事の傾向が変わっている。
それでこの取り残された5歳の女の子の報道記事をきっかけに、試しにYahoo!の「家族間の事件」を扱った記事をPCのメモ帳に転記して集め始めたら、ひと月で膨大な数になった。それを去年の12月まで続けたのだが、毎日毎日、日本のどこかで、夫婦間で、親子間で、兄弟姉妹間で、「暴力&殺人事件」や「死体放置事件」や「心中事件」が起きていて、もうほんとにいやになったので、記事を集めるのは去年でやめにして、集めた記事も削除してしまった。
こんな記事ばかり集めて読んでいたら気分が悪くなるばかりだし、熱心に記事を読んでいる自分の周りに悪霊さえ寄ってきかねないと思ったのだった。
Yahoo!は、なんでこれほどまでに家族間の事件を頻繁に取り上げるようになったんだろう。統計的に過去に比べて家族問題が急に増えたというわけではあるまいにと思う。「彼ら」の編集方針に、何か隠れた意図でもあるんだろうか、とまで疑ったほどだった。
ちなみに実話めかして感動的な話を聞かせてくれる、いわゆる嘘松系の書き手が(アニメ銀魂の「自動車教習編」はそれをメタ次元で指摘してくれているいい教材だ)2チャンネル全盛時代に暗躍したものだが、この手の文芸の才能のある者たちの一部は、こんにちYouTube事業を手がける大小あまたある企画事務所の雇われ作家として、人情話や都市伝説、恋愛コンテンツから占いにいたるまで、それどころか、すでにあらゆる領域であれやこれやの作り話の台本を書き、企画事務所の雇われ者である動画作成担当者に渡しているんだろう。
「次は〇〇のテーマで15分用の台本を作れ」という指令のもと、締め切りに追われながら「作り話」の台本を書き、動画作成者がそれをもとに動画を作り、「この絵を見てAと思った人はこれこれの可能性があり、Bと思った人は、こういう傾向がある」とかなんとか…、そのような話を真に受けて真剣に動画に付き合っている視聴者たちをカモにして稼いでる。
オールドメディアからニューメディアまで、結局、「言葉で騙して稼ぐ」という手法に違いはない。重要なのは「一か所に人(耳目)を集める」ことなのだから。人(企業が商品を売りつけたい相手)を一か所に集めるから、視聴者に企業CMを見せませんか、CMは売り上げに大貢献してくれるでしょう」。そう言って「企業という本来の顧客(これもまたカモ)」相手に法外な広告料を吹っ掛けてきた。かつてメディアがマス(巨大)化していく時代にこの手法(金の集め方)を考え付いた人物(西洋人の誰か)は、すばらしいアイデアマンだったのであり、希代の詐欺師だったとも言える。
Yahoo!に載る記事の話に戻ろう。「彼ら」が事件として載せている記事のなかには「ある都市の夫が妻を殴った」いう趣旨の実名なしの話があり、ただの夫婦喧嘩なのに、なぜこの程度の話まで全国に「さらす」(報道する)のか理解に苦しむような編集方針ではあった。「名前を伏せて報道しているんだから、ほんとにこんな事件が起きてなくても記者が創作することも現代では簡単だろう」と疑いたくなったこともあった。
「昭和の奥さんは殴られたら我慢したが、令和の奥さんはその場でスマホから警察に電話する。すると、その事件の起きた場所が当事者たちの名前を伏せたうえでYahoo!で全国報道される」他にも父親が息子に暴力をふるい、息子がその場で警察に連絡してYahoo!の記事になったものなど、いろいろとバリエーションがあった。かつてはうちうちでやり過ごされていた家族間の暴力問題は、いまでは即刑事事件になるというのが令和式だということなのだろうか。
Yahoo!に載る家族問題では、夫VS妻、親VS子、兄VS弟、祖父母VS孫などなど、加害者と被害者においても、いろんな組み合わせで事件になっている。
「ニッポン人てこんなに家族の仲が悪いんだ」と思ってしまう。
「毒親」や「親ガチャ」という言葉がネット世界を頻繁に飛び交う時代にもなった。もしかして今や世の中はいわゆる「毒親」で満ちてるんだろうか、と思う。
昭和時代に相良直美が「世界はふたりのために」という歌で大人気になったが、子どもが生まれると「世界はふたりのため」にあるんじゃないとすぐ気づくことになる。それでも昭和時代はまだ「家族の紐帯は堅固」だったんじゃないかと思う。女性の忍従という但し書きは必要ではあるけれども。
こんにちでは子供は成人後「隠れた恨みの念」を親に対して抱き続けていることが多いのかもしれない。その子は「家族運営における、模倣先、よき家庭モデルを知らない」ことで、結局自身も毒親化するんだろう。
今の若者たちにとって、こんにち家族を持つことは、親の側にとっても子供の側にとっても、「未来に発動する時限爆弾」をみずから確率的に用意しているようなものだ。
「家族を持つことはリスクである」
そもそも結婚しなければ、将来爆発するかもしれない時限爆弾を作り出し、そのスイッチを押すこともないし、そうなれば「家族」の加害者になることも被害者になることもない。
そんな表現がごく当然のようにネット上を飛び交う時代になった。
Yahoo!で毎日のように「家族の地獄化」を提供すべき話題として読者に見せつけるようになった。
年齢が80歳を超えてから、ついに自宅で同居している息子に殺される母親や、殺人ではないけれども、病死したままほっておかれた母親の事件が去年あまりにも多かったことに愕然とする。
「息子を持つこともまたリスクである」
同居息子との関係における高齢の母親の受難報道をこれだけたくさん見せられると、まだ若い母親の中にはそんな思いに漠然ととらわれてしまった人も、あるいはいるのかもしれない。
今回こんな記事を書く気になったのは、YouTubeでたまたま見かけた新築住宅の流行に関して、以下のような「意外な言葉」が解説文に添えられていたことがきっかけだった。
「家族を持つリスク」
昭和時代には聞いたことのない表現だ。
実際の動画は以下。
今の世の中、いろんなことが複雑になりすぎて、家族は、もはや心のよりどころじゃないっていう話なんだろう。
「人間はひとりの方がいい」と歌ったのは森田公一とトップギャランだった。
-----------------------------------------------------人々はますます小さなグループに分裂していきます。その結果、ついにはグループにはたった一人の人間しか属さないようになるでしょう。そうなればさらに、一人の人間は左と右に分裂し、自分自身と争うようになるでしょう。つまり右の人間が左の人間と争うのです。そのため多くの素質が現在すでに、人間の進化の中に現れています。(ルドルフ・シュタイナー『悪の秘儀』P207-P208)
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今年ゲーム版の「ウマ娘」の国際版がリリースされたせいで、外国勢が大勢ウマ娘ファンとして参加してくるようになりました。YouTubeを見ると、特にゴールドシップへの注目度が高いようです。さらに愛子内親王殿下が馬の祭典に出席して、彼女と対面した若い馬が緊張で歯ぎしりをしていた、というニュースを見ました。そのニュースに接したとき、シュタイナーの、馬についての発言を思い出しました。-------------------------人間が世界を見ているように、動物も----高等動物もまた----世界を見ていると信ずることは無意味なことです。しかしこの点に関して現代人は正しいことを全く理解できないでいます。
現代人は、彼が馬の傍に立つとき、彼が馬を見るのと全く同じように馬も彼を見ていると信じています。馬が眼を持っているからといって、人間が馬を見るように馬も人間を見ていると信ずることは、現代人にとってはごく自然なことです。それでもやはりそれは馬鹿げたことです。
何故なら人間は透視能力なしには天使を観ることはできませんが、同様に馬も透視能力なしには人間を観ることはできないからです。何故なら馬にとっての人間は単に物質的に存在としてそこに居るのではなく、精神的存在としてのみそこに居るからです。馬はある特定の透視能力に恵まれているがゆえに、馬にとっては天使のような人間存在を知覚することができるのです。
馬が人間の中に見るものは、私たちが馬の中に見るものとは全く別物です。歩き回る私たち人間は高等動物にとってもまさしく幽霊のような存在なのです。
もしいつか動物が固有の言葉を、つまり人々が今日動物に《語ら》せるようにではなく、その固有の言葉で語ることができるならば、動物は人間を自分たちと同等の存在者と看做すことは決してなく、自分たちよりも高等なもの、霊的な存在と看做すであろうことを人間はきっと理解するでしょう。動物たちが自分の肉体を血と肉から成り立つと考えたにしても、彼らは決して人間を血と肉から成り立つとは考えないでしょう。(『新しい建築様式への道』)
-------------------------------------------------------動物には霊視力があるとシュタイナーは語っています。
ペットとともに暮らしている人に、「彼らは飼い主には見えていない何かに反応しているんじゃないか?、と思った瞬間がありますか?」と尋ねたら「はい、あります」と答える人は多いでしょう。
愛子内親王殿下の前に連れてこられた「若い馬」が普段人前でしないような「反応」を見せたのは、どういう事情からだろうと空想しました。
そう思いながら暮らしていたら、最近また彼女の動物がらみのエピソードに遭遇しました。
不可思議な話です。シュタイナーは声を発することのできない系統の生き物の「視力」についても語っています。------------------------------------------------------内面から音を発しない動物はすべて現在でも月紀の形象意識を有しています。このような動物は人間のようにはっきりした境界を持った表象像を見るのではありません。たとえば蟹のような低級動物が醜悪な印象を与える表象像を知覚すると、違う方向に回避していきます。蟹は対象を見るのではなく、反感を呼び起こす像の中に危険性を見るのです。(『薔薇十字会の神智学』)------------------------------------------------------太古には誰もが秘儀に参入、つまり霊界を体験することができた、とシュタイナーは言います。「一般民衆」からその力が奪われたのが今から5000年ほど前だと。ただその歴史的事件は、すべての人類から一気に素質が消えた事件なのではなく、目安としての時代区分です。
そしてだんだんと「その素質」を残していた人々も減っていき(その力を持っていた人々のなかから王となる人物が選ばれる時代が続きます)、紀元3、4世紀には遺伝的な素質によって霊界参入をはたすことのできた人々もいなくなって(王権における、ある種の唯物論、血統主義という不正の時代が始まりました)、こんにちに到ります。
勝海舟が咸臨丸で米国へ行き、その体験をもとに米国の政体について横井小楠に話したとき、「ははあ、堯舜の時代のようですな」と返答したという逸話を司馬遼太郎がエッセイで紹介しています。そういう横井小楠の反応を見て、勝海舟が「横井小楠というのはとんでもねえ切れ者だ」と感動したとかいう話です。
堯舜の時代の話というのは、中国の神話時代の話です。「当時の中国の統治者たち」は、「血統」によって王権移譲を行っていたのではなく、「その能力があるかどうか」ということに重きを置いていたという話を、米国の入れ札制度(選挙制度)について勝海舟から聴いて、自分の持つ古典の知識から連想し、即座に「似ているもの」として取り出したのでした。
太古において「能力」とは現代人が連想するこんにち的な政治的才覚ではなく、秘儀参入者であるかどうかということでした。
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宗教改革とルネッサンス以来、現代文明の中に、経済的な人間が指導的な支配者のタイプとして現れるようになりました。これは歴史上の事実です。私が今日、「ルシファー的な時代」として描き出した古代まで時間を遡ってみましょう。当時は誰が支配者のタイプだったのでしょうか。秘儀参入者です。エジプトのファラオも、バビロニアの支配者も、アジアの支配者も、すべて秘儀参入者でした。(『悪の秘儀』)
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もちろん、太古、日本という土地に住んでいた人々も「秘儀参入者」によって統治されていました(神社文化というのは、秘儀参入者を敬う行為が「後代」形になって現れたものです)。
このことを「はっきりと告げる人」が、YouTubeなどで「思想発信」している、日本上げ系人士のなかに一人もいないことが残念です。そしてアニミズムというような「西洋近代思想用語」を無批判に価値ある思想だと「自動連想」しているという「自覚がない人々」、唯物論の下で生まれた概念を日本上げのために使う滑稽さに気が付かない人々がいまなお多いことが残念です。
イギリス人が近代に入って、ゲルマン系民族がいまなお維持しているガイスト概念を失ったので(つまり、より世界を唯物論的に眺めるようになったので)、「ドイツ語のガイストと語源を同じくするゴーストという言葉」が本来のニュアンスを失ってしまい、代わりにスピリットを用いるようになった、と以前語りました。
「唯物論全盛時代になって出現したスピリットという言葉」をドイツ語で言うところのガイストの「同意語」として、ゴーストの代わりに使うようになった人々の言葉遣いを無批判に受け入れて使っている非英語話者(たとえば日本人)たる自分は、道化ではないか、と感じることのできる人は少数です。YouTubeでは道化者の日本人がたくさん活躍していいます。「人間は魂(ソウル)と肉体(ボディ)からのみ成る」(キリスト教)と教え込まれた人々が、近代に「スピリットという代替用語」を使って「霊・精神」の話をし、それを有難がって聴き、さらにはそれを日本に輸入して同胞に「その用語」を使って布教活動をする姿を一度俯瞰的に眺めてみましょう。
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英米の左道オカルト結社は英語を世界支配言語にしようとしている。真実を表現するのに適さない英語を世界言語にしようとする左道オカルト結社の影響下にある心魂は、大天使と結びつくことができず、アーリマンに捕らわれる。北アメリカにおいては、アーリマンの指導・活動が優勢である。(『シュタイナー用語辞典』)
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シュタイナーの生きていた時代はまだ中央ヨーロッパの精神の力がかろうじて働いていましたが、第二次世界大戦を境に、世界は英語の力に完全に制圧される時代に至っています。歴史的にはヨーロッパにおいて、ラテン系諸国の力が排除され、次に中央ヨーロッパ(ゲルマン系)諸国の力が排除されたあとの状況が現在です。ですから「彼ら」は「英語を世界支配言語にしようとしている」ではなく、こんにちすでに「支配済み」なのです。
引用文の「英語は真実を表現するのに適さない」に出てくる「信実」とは「霊界=精神界」のことです。工業的な電気信号が高速で世界中を走り回る世界を支える言語は、「英語」で書かれています。こんにち電気と英語を操る人々が人間の物質界生活の基礎部分を管理するエージェントになっています。
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電気がなかったころは、アーリマン的な力が常には存在せず、精神性に到るのが困難ではなかった。蒸気機関の発展にはアーリマンが働きかけた。ルシファーが心魂的存在であるのに対し、アーリマンは精神的存在である。ヨーロッパ文化は長年ルシファーに支配されていたが、いまや才能試験など、アーリマン的になっている。世界の機械的・数学的把握、経済至上主義、国粋主義、福音書の一面的把握が、アーリマンの受肉を準備する。(『シュタイナー用語辞典』)
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シュタイナーのいう「ルシファーの時代(人々が霊界にしか興味を持てなかった時代)」というのは、今から5000年前にさかのぼる時代を指します。さらに5000年さかのぼると、人類一般が皆霊界参入者だった時代に到ります。5000年前(紀元前3000年代)に「ルシファーの時代」が去りました。カリ・ユガの時代の到来です。ただし紀元前2000年代に中国にルシファーが人となって生まれたと言います。そしてその2000年後キリストが人となって生まれ、さらにその2000年後、西洋世界にアーリマンが人となって生まれます。現在は「アーリマンの時代(人々が物質界にしか興味を持てない時代)」です。いま人となったアーリマンが、地上を歩きまわっている真っ最中です。
かつて秘儀に参入できた人も、こんにち、遺伝的な力に頼ることができなくなったゆえに、「かつて秘儀参入者であった自分」のことを思い出せません。
しかしシュタイナーによれば、19世紀後半に時代はカリ・ユガ時代を脱し、修行によらずに秘儀参入を果たせる人々が、これから1000年あるいは1500年をかけて、だんだん増えていくという話です。こんにちにおいても、人に言えない奇妙な体験をする人々が増えているんでしょうか?
こんにち「硬化しきった身体」のなかで生きなければならないという制約下にある人々も、次回の物質界への転生においては、こんにちとは異なった身体のなかで霊界意識を持つようになるという話です。例外はありますが、人間はおおむね1000年~1200年周期で物質界に転生してきたというのがシュタイナーの見立てですから。
第5根源人種時代のこの時期の人類の「文化位置」について図像を描いてみました。6という数字を右側に倒したイメージです。6という数字を逆向きに書き始める直前まで、人類はアトランティス人として生きていました。そして地上から一掃されたのち、神々(大天使たち)が、6の文字を順番に地上に描いていきます。
1インド(蟹座時代) 2ペルシア(双子座時代)3エジプト(牡牛座時代)
4ギリシア・ローマ(牡羊座時代) 5ゲルマン・アングロ=サクソン(魚座時代)
6ロシア(水瓶座時代)7アメリカ(山羊座時代)
文化期は春分星座がひとつ移動するごとに、およそ2000年単位で進展してきました。現在の位置は5です。唯物論的感性&英語全盛時代ですね。ですからYouTube上でよく見かける、米国発のモダンな(こんにち的な)「スピリチュアル」な話も唯物論的感性によって「連想&類推」されたイメージで語られています。「理解する・納得する=何かと結びつける」ための「連想イメージ」を自分たちの中にある物質界体験のイメージの保管庫から引き出さざるをえない人々にとって、この運動がビジネス側により親和性を持った運動なら、運動の担い手は「いまの人類の連想イメージ」に迎合した説明をするでしょう。しかしこれが1000年後にロシア文化期に移動します。前時代には「田舎者扱い」されていた民族が、「新たな時代精神」に目覚めると、こんにち「それが当たり前だ」と思われていた人間の生き方に変化をもたらします。いま、前時代(ギリシア・ローマ時代)に田舎者扱いされていたゲルマン・アングロ=サクソン人たちが「時代の仕事」をしている最中です。そして「こんにちの田舎者たるロシア人」が「時代の仕事」を担う未来がやってくるというのが、ルドルフ・シュタイナーが語っていたことでした。私たちの時間感覚からすれば、まだまだ遠い先の話ではありますが。P.S. そういえば、園遊会で武豊騎手と対面した皇后陛下の口から、スペシャルウィーク(もちろん本物の馬の方です。アニメ「ウマ娘」一期では主人公役でした)の話題が皇宮警察との関連で飛び出してきたのは、タイムリーな話題選びだったなあと思いました。あの動画を見た時、「天皇ご一家は自宅でアニメ(ウマ娘)を見ていたに違いない」と思った人がたくさんいたでしょうねえ。 -
「抹茶ラテの秘教学徒」、ずーっとやる気なしモードで更新が止まっちゃってます。「何か新作を作れないかなあ」とは思ってはいるんですが・・・。
シュタイナー関連の動画では最近出てきた「人智学らぼ」さんのをよく見てます。
現在、「SPY×FAMILY」がシーズン3をやってて、それを楽しみに見てるんですが、43話に登場してくるスクールバス内のシークエンスに登場するアーニャのセリフ回しが大いに気に入ってしまい、それがきっかけで、「ひさびさあんずに何かセリフを言わせたい」と急に思うようになって、ずっとポチらずにいた音声合成ソフトと動画作成ソフトのアイコンをポチっとしてしまいました。
それでできた3秒ほどの動画がこれです。
元ネタは以下です。
ちょっとだけリハビリになりました。これをきっかけに秘教学徒再開もありかもです。アーニャと秘教学徒のキャラとしてのあんずってどこか似てるなあとか思ったりすることがあるんですよ。あんずが好きな男の子が「洟たれ小僧」設定ってのは、スペクトラムの出していたアルバム内容から借りた設定ですが(「ミーチャン GOING TO THE HOIKUEN」)、アーニャの脳内設定でもダミアンが「洟たれ小僧」設定なのが「おそろい」感があってうれしいじゃないですか。まあ、きょうび、洟を垂らして学校にくる子供は見ませんけど。昭和時代には実在したはずですが、番長が実在したという話同様に、これも伝説化しちゃった「かつて子供を取り巻いていた世界だったこと」のひとつでしょうか。
そんな気分にもなっていたとき、YouTubeを見たら、おすすめページに「ティアムーン帝国物語」が出てるじゃないですか。この作品をアマゾンプライムで見た当時、私相当に気に入ってしまって何回か周回視聴したほどです。以下ギロチンの前にたたずむミーア姫。
「そんな話を当ブログでもしたなあ」とトップ画面右下の検索欄に「ティアムーン」と入れて調べてみたら、「PCゲーム」関連の記事の中で書いていて、「あー、最近いろいろつながっていて面白いなあ」と思いました。ちなみに過去記事の中で「ティアムーンは4周回した」って書いてます、はは。
で、昨夜YouTube版でも一気見してしまいました。YouTubeの説明欄に声優の名前が紹介されてますが、ナレーションの成田剣の功績非常に大ですよ、なんで名前が載ってないんですか、私ぷんぷんですよ。2期をやってくれませんかねえ。
「やり直し系アニメ」ではあともう一作大好きなのがありまして、それは「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」であります。このアニメも私にとっては「周回系」ですよ。
「何度も見たくなるのが名作」というのが私の名作論(芸術論)です。「いい音楽」ってその点分かりやすいでしょ。
「理屈とか盛り込まれている思想がいいから」とかじゃないですからねえ、何度も聴きたくなる名曲ってのは。理屈とか思想とかは、「これはよいなあ」と判断した後に、初めて関心が向くものですしね。
「やり直し系モチーフ」と言えば、やっぱりディケンズの「クリスマスキャロル」が元祖じゃないの?とふと思ったので、Yahoo!のポータルサイトにあるAIアシスタントに「ディケンズのクリスマスキャロル」と入れてみました。
----------------------------------------------------------------「クリスマス・キャロル」は、単なるクリスマスの物語ではありません。この作品には、普遍的なテーマが込められています。まあ、「人間」そのものが輪廻転生という「やり直しモチーフ」を実際に生きている存在ですけどねえ。
人間の再生: スクルージの変化は、人がいつでも過ちを悔い改め、良い方向へ変わることができるという希望を示しています。
慈悲と寛容: 富があっても心が貧しいスクルージと、貧しくとも心が豊かな人々との対比は、真の幸福がどこにあるのかを問いかけます。
社会的責任: 貧しい人々への無関心や、弱者への冷遇がどのような結果を招くのか、当時の社会問題へのディケンズのメッセージが込められています。
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ということで、私は、前述してきたような「極めて個人的な問題意識」によって、俄然このゴルフゲームに強い関心を持つようになったのでした。
それでいろいろなバージョンを探して集めることにしました。
「めっちゃGOLF 海岸でナイスショット!」をヤフオクでゲットしたんですが、それは紙のパッケージが不完全だった商品でした。梱包を開けてそれに気が付いて「しまった」とがっかりしてしまいました。
それでDVDのプラケースに手書きで「めっちゃGOLF 海岸でナイスショット!」と商品名を書き込んだB5のコピー用紙を挟んで、保存することにしたんですが、「あー、どうせなら、この切り取られた表紙と裏表紙を印刷して、私家版パッケージを作ってみようか」と思うようになったので、ジャケットを偽造することにしました。
それで完成したものが以下です(写真をクリックして拡大)。
ネットで調べてみたら、DVDのジャケットに使用される紙のサイズは3種類あるようですが、それらは紙代が高くつくんです。「そこまでする必要はないよなあ」と思ったので、B5のコピー用紙は、ひとまわり小さいサイズなのですが、それに印刷することにしました。
このタイトルは本来紙箱に入っているものしかなかったわけですから、「世界にひとつしかないDVDプラケース」バージョンとして、むしろ永代保存したいと思うようになりました。
これはこれで「満足」したんですけど、「オリジナル」は「オリジナル」としてちゃんとコレクションしておきたいと思い、再度、あとで紙箱の商品を買い直しました(オレって馬鹿?)。
以下、新規に「めっちゃGOLFデラックス」を始めたいと思っていらっしゃる方向けです。
①いきなりトーナメント戦に挑むのはあまりお勧めしない。ストローク・モードで☆(バーディ)を稼ぎ、イクイップメント(能力を付加してくれる道具類が利用できるようになる)の数値を先に上げておく。ちなみに私は55をイクイップメントの基準値にしてました。
②「2打でグリーン到達」が基準になってるコースを、1オンできないとイーグルは取れないので、イーグルが取れるようになるために、長距離を飛ばせるようなクラブ選択や☆追加によるパワー向上をめざす。
③フェアウェイ外に落ちた球はイメージ(パワーゲージ)通りに飛んでくれないので、予期した通りに球を飛ばしたかったら、球はできるだけフェアウェイ上に落としてから打ち出すこと。
ということで、3回に分けて「めっちゃGOLFデラックス」情報について書いてきました。最初にPS2版「エンジョイ・ゴルフ!」として販売され、約四半世紀過ぎてもなお、このゲームはPCゲーム版「めっちゃGOLFデラックス」と名前を変えて、こんにちまでずっと発売され続けています。
にも拘わらずネット上に詳細情報が見当たりません。「13人目の謎」も含めて、このことも私にとって一種の謎であります。 -
YouTubeでしか見ることのできなかったあのエンドロールを自分のPC画面で見ることができたのはよかったんですが、その後、このゲームの奇妙な点に気がついて、ゲームキャラのひとりであるバーマンのように探偵モードで、このゲーム全体の構成を眺め直したいと思うようになりました。
「このゲーム実はまだ終わっていないんじゃないか?・・・・・」
というのが、私が新たに抱いた疑念でした。
グランドスラム達成までに、本人と戦うことになるキャラクターは12人ですが、グランドスラムを達成してエンドロールを見終わった後で、改めて以下の絵のような「GOLFER SELECT」ページに戻ってみると、対戦キャラクターの列の最後にひとつ「?」が付いている枠がまだ残っているじゃないですか。
「ひょっとしてもうひとり隠しキャラがいるのか?」と思ったのですが、ネットを探しても「この点」についての情報はひとつもありません。(以下画像をクリック。)
自分用に作成できる4人分のキャラクター枠が最初の影絵になっている部分になります。また初期状態では「1-ベティ」と「2-トム」しかこの一覧表には出て来ません。
1 ベティ(パッケージの顔です。とってもオキャンな18歳の娘)
2 トム(とっても性格のいい青年です)
3 カレン(チャイナドレスを着ている品のいい香港人。ただし打つ動作はワイルド)
4 シャロン(失踪した兄を探しています。ゲーム中何度も思い出し「兄さん」と口走ります)
5 エリカ(革ジャンを着たワイルド系。私の空想では失踪事件を追う刑事[非公式])
6 バーマン(私が大好きなキャラ。失踪者を追う私立探偵)
7 リカルド(バランの執事。バビロン団員。ステッキを使って球を打つ変わり者)
8 ベーラ(バビロン団員。軍属上がりの女と思われる。寡黙だが負けず嫌い。)
9 ディエゴ(元バビロン団員。氷のゴルフクラブを使う黒人系のノリのいい男)
10 フレディ(バビロン団員。木製バットで球を打つ口の悪い狂人。人体改造を受けている)
11 カトレア(バビロン団員。「カトリーヌ」に乗ってゴルフをする出自不明の小柄な天才科学女子)
12 バラン(バビロン団の元締め。一応このゲームにおけるラスボス)
13 ミスターX?(もしかしたらシャロンの兄?隠し動画において「後ろ姿」で登場する人物?)
ちなみにリカルドのステッキとフレディの木製バットは、アイテムとして手に入るのでしょうか?
ゴルフクラブはすでにいろいろと手に入れてますが、もしそれがゲーム上のアイテムとして手に入る仕様になっているならば、ぜひ使ってみたいのであります。それとも、ない? それはかなり残念なゲーム仕様ですよ。ディエゴの「氷のクラブ」は手に入ってますから、獲得可能アイテムとして入っていてほしいです。
「爽快3Dゴルフ」に印刷されているゲームの説明文には「個性豊かな13名のプレイヤーに挑戦しよう」と書いてあります。
本人キャラと合わせれば、「登場キャラ」は全部で13人になりますが、シングルプレイ・モードでしか遊べない「アヴァロンズ・サバイバル」では本人キャラが本人キャラに挑戦するなどということはゲーム設定上できない仕様なので、「やっぱり13人目がいるんだ!」と思っちゃいます。
二人以上で参加するマルチプレイ・モードでは、自分が作ったキャラクター同士で(4人まで作れる)、いろいろなモードの対戦ができますが(同一キャラ同士の対決もOK)、これだと「私」以外に作成キャラが3人になり、3人+12人で、「使える対戦キャラ」が15人になってしまいます。だから13人目の対戦相手というのは、あくまでもシングルプレイ・モードでのみ参加できるトーナメント戦の物語上に存在する誰かなんですよ。
実は、そのミスターXっぽい人物については、ゲーム開始前に現れる隠し動画に、そのヒントが隠れているのかもしれません。そして、その「人物」は、対戦相手のひとりであるシャロンが探している「兄さん」なのではないかとまで思うんですよ。
この隠し動画には、ゲーム上で対戦キャラとして登場してこない、名前の分からない若い男性キャラの後ろ姿が出てきます。以下の人物(ミスターX)です。ゲーム内でもしこの人物にたどり着けるのなら、そうしてみたいと切に思います。ちなみに隠し動画に出てくる対戦キャラクターは、順に、ベティ→フレディ→ミスターX→エリカ→再びフレディ→リカルド→バラン→トムです。このゲームはちゃんとした物語(キャラクターごとの裏設定)を背景に持っているんですが、ゴルフゲームをしている最中は、本人キャラとゲームの背後に隠れているナゾとリンクすることがほぼないので、「ゲームの世界観」をつい忘れてしまいます。7つのステージをひとつずつクリアして次のステージへ進もうかという段階で、対戦キャラが話しかけてくる場面が挿入され、この一連のトーナメント戦の裏で、ゴルファーの失踪事件が起きていることが、ときどき暗示されます。
なんなら、本格的に話を膨らませて、どこかのアニメ会社があらたなゴルフアニメとして、この世界観を使って12話くらいのストーリーを作ってアニメ化してくれたらいいのにと思います。
大昔、当ブログにて「野球ゲーム」の裏設定を空想しながら、ゲーム紹介をしたことがありましたが、このゲームもまた私に、「世界観と裏設定を空想させてしまう」ことになりました。おかげで過去のバージョン違いのゴルフゲームをいちいち手に入れて確認する作業までしてしまいました。「再びこんなふるまいをしたくなる」なんて「野球ゲーム」の時以来です。
このゲームの一応のラスボスであったバロンは「奴達を説き崩さないかぎり、真実は見えないと思え」という不可解な言葉を残して、身投げします。もしかしたら、「本当のことが分かる隠しゲーム」があるのかもしれません。以下参考動画
「このゲームを最後まで(つまり13人目の正体まで暴いて)やり遂げた人ってどのくらいいるんだろうか?」と思ってしまいます。だって四半世紀に渡って息長く市販され続けているPCゲームなのに、ネットで拾える情報があまりにも少なすぎますから。
ただ「どうすれば謎の13人目の人物と対決できる状況に入れるのかが分からない」というのが、いまの私がいる状況なのでした。情報を持っている人がいたら、ぜひ教えていただきたいです。
このゴルフゲームにはトーナメント・カテゴリーのほかにストロークやミッションやサバイバルなど他にも違うタイプのゴルフゲームがたくさんあって、そのなかのどれかを制覇しなければ、ミスターXと出会えないのかなとかも思います。
ちなみにマッチプレーであるサバイバルは40人抜きがこれまでの最高で、ミッションについてはLevel4の8が突破できない状況です。
激しい雨の中、樹木の間を狙って打つしかなく、今のところ、どうやって突破すればいいんだろうと悩んでいます(情報求む)。
とはいえ、「いやいや、いろいろ謎を残した終わり方だったけど、13人目の隠しキャラなんて最初からいなかったんだよ。キミの作ったキャラをいれて13人なんだよ」ということなら、私はただ無駄なことを考え続けていたってだけの話になって、それはそれで徒労感を感じちゃう場面ではありますが、でも「その可能性について空想する」のは楽しいし、ロマンのある話じゃないかと思うんですよ。オフィシャルは「個性豊かな13名のプレイヤーに挑戦しよう」と明確にアナウンスしています。というわけで、私個人は今でも「このゲームはエンドロールで終わっていなし、続きがある」と思ってます。