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オレは一応自営業者だが、少しも儲かっていないので、はっきりいってアンタなんかよりよっぽど貧乏だ。本当は宝くじで3億円あてて、あとは何もせず遊んで暮らしていたいのだが、いまだに当たらない。
昔勤め人だったころは、毎日近くのファミレスで昼ランチを食っていた。だが、今はそれもやめてしまった。じゃあどうしているかと言うと、職場の台所で自分でメシを作って食っている。1食150円以内で済ます、目標はこれである。
よく作っているのが五木のナポリ風スパゲティ、スープ付。スープはコンソメにタマネギをいれるだけの簡単なものだ。これはジョイフルっていうファミレスなんかが、昼のランチに出していたのを思い出して「ああ、コンソメなら簡単じゃん」と思って、なるたけ飯を食うときには作るようにしている。勤め人だったころは、スープ系は、アサリ入りの味噌汁とかなめこ入りの味噌汁とかも作っていたが(冬になると豚汁もよくつくったもんだ)、コンソメ系は、より貧乏化していくオレに対応したメニューになっている。
五木のナポリ風スパゲティ。地元だと60円~80円で手に入る。
飯を簡単にすませたいときは、これにタマネギ、ピーマン、ベーコン、それから冷凍野菜(人参、コーン、グリンピースの入っているやつね)の具財を入れてさっと作って食っている。
白く見えるのは雪印の粉チーズ。
焼き飯もよくつくる。というのは具財がスパゲッティと重なるからである。
あと、こういうのが欲しかったという商品が、これ。
SONTONのシュガートースト。店で買うと高くつくけど、食パンにこれを塗って食えば、おいしくて安上がりだもんね。
あと100円ショップもので「ついに来てくれたかー」というのが、大きいおにぎりができる容器。100円ショップにあった今までのおにぎり用型枠って皆小さいものばかりだった。オレはコンビニとかで売ってるようなサイズの具財入りの海苔巻きおにぎりが作りたかったので、これでやっと分量的には満足のいくサイズのものが作れるよ。
p.s.1 なぜフォークの柄が左を向いているのか? それはオレが左利き----地元ではこれをギッチョと呼ぶ----だからである。だが字は右で書く。小学校入学前にお袋に直されたからである。だから小中学生のころはノートは右手で書き、絵は左手で描いていた。高校では音楽をとったので、それ以後左手で絵らしい絵を描いていない。だから当ブログにあげたオレのつたなき絵は、マウスが右利き用なので、右手でマウスを動かして描いている。
p.s.2 オレが食ってる食パンは、6枚切り70円~90円くらいで買える廉価品。ペースト系は、バターとかマーガリンとか塗って食べることはほとんどない。塗り物を使わないときは、トーストしてレトルトのカレーにつけて食べたりとかもよくする。あとお勧めなのが、ゆで卵を一個細かくつぶして、それにマヨネーズをからめてペースト状にし、これをトーストした食パンの上に広げてかぶりつく。カラシを入れるかどうかはお好みで。意外とイケるんだなーこれが。
p.s.3 最近、クッキンアイドルの食パン・シリーズで、なんと上に書いた、ゆで卵とマヨネーズを混ぜるシーンが出てきたネ。食パンを麺棒でのばすって発想を初めて知ったよ。まいんは、包丁でゆで卵を白身と黄身に分けて細かくしていたけど、最近のオレは、100円ショップで売ってる、卵を輪切りにする器具を使っている。まず横に輪切りにし、それを縦に入れ替えてもう1回輪切りにしてマヨネーズと混ぜて食っている。そんな器具が手元になかったころは、コーヒースプーンとかで適当なつぶの大きさになるまでつぶしてマヨネーズと混ぜていた。食べる場合は、食パンはしっかり狐色になるまで焼き、しかもパンが熱いうちに----パンが冷えちゃうとおいしさが半減するので----卵ペーストを乗せて食べなくちゃいけないぞ。
p.s.4 100円ショップのおにぎりケースは切り離して使ってる。ケースの上にラップを乗せ、その上からしゃもじでご飯を詰める。次に、具(梅、こんぶ、など)、またご飯。で、最後にラップで全体をくるんで、親指のはらでぎゅっぎゅっとケースに詰め込む。こうすると手が汚れない。オレはおにぎりは冷えたのが好きなので、冷めたら、すぽっとケースから抜いて、あとは2切サイズの焼きのりでコンビニのおにぎりみたいに巻いて食う。写真はまだラップにまかれた状態のおにぎり。焼きのりは値段もピンキリだけど、2切サイズで1枚あたり10円くらいから手に入るはず。手で握らない方式なので、塩は特に加えていない。のりと具に十分塩分があるからね。健康志向の減塩時代だから、これでいいでしょう。職場で作って、夜食として自宅に持ち帰って食う場合もある。その場合、焼きのりは、乾燥状態のままビニールとかに入れて持って帰り、食べる直前に巻くようにしてる。こうしないとパリパリ系の好きなオレにはおいしく感じられないんでね。
このときの味噌汁には、なめことミニミニ・サイズのたけのこが入ってる。PR -
今日やっと「崖の上のポニョ」を見た。例によって一切の前知識なしで見た(オレが前もって知っていたのはテーマソングの最初の4小節と人魚姫に似た話だってくらいのもんだった)。
ポニョが女の子の姿で海上を駆けてくるシーンで使われた音楽が妙に心にひっかかった(それは違和感だったのかもしれない)。「なんか妙にワーグナーっぽい音楽使ってんな。でもなんでここでワーグナーなんだろう」と・・・・・。それにそのときのポニョの走り方が、あの『未来少年コナン』でコナンが巨大な飛行艇の翼の上を走っていた姿とだぶっても見えた。
で鑑賞終了後、詳細を確認しようと思い、ウィキペデアに行ったら、ちゃんとワーグナーの話が出ていた。
ああ、そうなんだ。でも奇妙なことだ。確か宮崎駿監督は『もののけ姫』の公開後のNHKのドキュメンタリーで北欧神話の話----「ヴァルハラでうんぬん」というような内容だった----をしていたよな。そのときもオレには「ヴァルハラの話」は「唐突な挿入」に聞こえたけど、その心理的関心を今日まで延々と持ち続け、なんとこの童話系アニメにまでワーグナーというワン・クッションを入れることで、その当時からずっと自分のこころに絡まり続けてきた神話的(あるいは秘儀的)関心を「唐突な挿入」として持ち込んじゃったんだ、と思った。
さらに驚いたのは、最近オレがこのブログで報告した「オフィーリア」の絵の話がウィキペデアの「崖の上のポニョ」の説明文のなかに出てきたことだった。彼はジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」に感銘を受けたと書いている。なんてこった。もっとはやく「崖の上のポニョ」を見ていたら、このアニメ関連からもっと簡単に「オフィーリア」にたどり着けたのに、と思った。それから押井守監督のコメントがネット上に上げられていたのをたまたま聴いた。宮崎駿監督と押井守監督はいつも互いの作品に対してけっこうキツいこと言いあってる気がするな。「デヴォン紀の海」だったけ? 水面下で古代魚が悠々と泳ぐシーン。でも押井守監督がその作品を作ったためにしばらく仕事をほされたという「天使のたまご」にも、古代魚が悠々と泳ぐシーンが出てくる。コメントにはなかったが、あのシーンを見た押井監督はひそかに自分の作品の古代魚シーンを連想したんじゃなかろうか。ちなみに「天使のたまご」の宮崎駿評は「努力は認めるが理解されない」だったっけ?。今回の宮崎作品に対する押井守評は「老人の妄想」だった。
だが「老人の妄想系童話」なら、「不思議の国のアリス」という話もある。
ウィキペディアによると、「崖の上のポニョ」ではエピソードを大胆にカットしたと宮崎監督は言っていたらしい。この作品を映画としてではなく、もっとじっくり腰をすえて、テレビアニメ様式でさまざまなエピソードに彩られた13話、あるいは26話、あるいは52話のアニメとして制作できたなら、つまりポニョの苦闘をポニョの心理を丹念に追っていけたら、最後のキスシーンは大感動シーンに姿を変えたんじゃないだろうか。ああハッピーエンドでよかったという思いだけではなく、「それに加えて」きっと人々はうれしい涙を流したに違いない。大人たちばかりではなく、もちろんポニョと同じくらいの年齢の子供たちが「ほんとうによかったね、ポニョ」と言いながら。
しかしこの短い尺のなかのわずかなエピソードの積み重ねの中からは、鑑賞者たちは、ポニョの情熱、ポニョの苦悩、ポニョの悲しみと喜びに共感することはまったくできなかったにちがいない。
この映画のポニョは「思いついたら」なんでもやすやすと突破してしまう。これでは5歳の幼児たちは「ああっ、危ない。ポニョがんばれ。ポニョ逃げろ。ポニョ、後ろー」とか言いながら、物語の中に入り込んで「ポニョとともに旅をする」ことはできなかったろう。
だから映画のラストシーンは人々に感動をもたらさないつけたしのようなもの----テレビアニメで言えば、原作が終了していないので、便宜的につけた足早に進むラスト・シークエンスのようなもの----になってしまったように思う。宮崎監督は「エピソードの積み重ねによる起伏を物語に持ち込むという定石を拒絶したかった」というような趣旨のことを言っているが、その試みは成功したとは、やはり言えないだろう。
「未来少年コナン」の話をさっきもしたが、あの話のエピソードのいくつかを大胆にカットして----話のつながりが追えないくらいに大胆なカットでつなぎ、「巨大飛行艇ギガントの翼の上を走るコナンの姿」や「あの有名な津波シーン」は必ずいれるというような編集をして----1時間40分ほどの映画にしたら、たぶん感動は半減する。あるいは「意味不明な映画」に変貌するだろう。オレには「崖の上のポニョ」はそういう構造をしたアニメだったように思う。「ほんとうの崖の上のポニョ」は全13話、あるいは26話あるいは52話で出来ていたのだ。それを宮崎監督はいきなり映画版に再編集したのだった。
オレにはそう思えてならない惜しい作品だった。
もしアナタが「この物語には納得できねー派」だったとしたら----というのはこの映画をとても満足して見終えた人々もたくさん存在するのもまた事実だろうから----地上界では宮崎駿によって大胆にカットされてしまった、ヴァルハラの神々と戦士たちにのみ読むことが許されている、霊界(理念界)にのみ存在している「崖の上のポニョ」というお話の真の全体像、その膨大なエピソードを自分なりに空想し、アナタも13話バージョンのポニョ、26話バージョンのポニョ、52話バージョンのポニョを、つまり自分の空想上の「崖の上のポニョ」を作ってみるといいと思う。もちろんこの映画では登場してこなかったたくさんのキャラクターも空想しつつ・・・・・。そうすれば「人間になることと引き換えにポニョが失わなければならなかった魔法の力」が、ふたたび「アナタの中で復活し」、この物語のラストを「本当のラストシーン」に変容させてくれるに違いない。
p.s.1 ところで押井監督の「スカイクロラ」まだ見てないのだった。ていうか最近「映画自体」を----っていってもオレの場合、レンタルDVDメインだけど----見てないっすよ。シリーズ物のアニメばっか見てるんで・・・・。押井監督もスターウォーズ・シリーズを全部見ていないってような話をしてましたね。
p.s.2 宮崎監督には「頑固じいさんモード」には入ってほしくないですよ。なんせ「ハイジ効果」という用語を思いつくきっかけをくれたのは宮崎監督が若いころ手がけたあの有名な「アルプスの少女ハイジ」なんですから。
p.s.3 でもジブリはあの絵柄から----ジブリは基本的に1類類の絵柄(定石)しか持っていない----自由になれないんだろうな、これからも。
p.s.4 昨夜また「風の谷のナウシカ」をやってたようだね。内容が映画版とは違う原作の宮崎駿自筆の漫画がいいよね。もちろん映画版も傑作だけど。でも、オレにとってあの漫画の魅力は、ナウシカと巨神兵との交流、もうその一事に尽きる。オレは巨神兵ファンなので。
p.s. 5 実を言うと「秘儀の歴史」から言えば、遥か以前「(現在のような状態の)人間になるために魔術的な能力を失った」のは「人間」そのものなのだった・・・・・と、これはシュタイナーファンなら、了解済みの人間秘史だったね。 -
「マクロスF」についてはネット上でいくつか記事を読んだことはあったのだが、最近まで作品そのものを見たことがなかった。レンタル店に行く機会があるときは、「次回こそ借りて帰ろう」と思うのだが、そのたんびに違う作品を借りて帰っていた。
で、やっと今回「マクロスF」を見たのだった。(とはいえ、シリーズ第1作目の「超時空要塞マクロス」は見ていない。)
それで実際に視聴して一番残念に思ったのは、12話で初めて登場するランカ・リー(中島愛)の歌う「星間飛行」を、以前すでにオレはYou Tubeで聴いてしまっていたということだった。この名曲をまったく知らず、12話の「あの場面」でいきなり聴かされたら、この12話は、オレにとっては相当にショッキングなエピソードになっていたのになあ、と思うからだった。
ランカ・リー(中島愛) 星間飛行
実を言うと、初めて「星間飛行」を聴いたとき、「あれ、これってマイ・リトル・ラバーの曲?」って思ったのだった。作詞は松本隆。うん、曲調とつき合わせて考えるとこれは分かる。だが、作曲は菅野よう子じゃないか。このメロディは菅野よう子の生来の呼吸感覚から作られた曲じゃないよね。まさしく「これぞみごとな職人仕事」って言いたいくらいの、クライアントの要求を上回る上出来の曲だったと思う。それに、おっさん世代をにやっとさせるディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」をアレンジにしのばせる遊び心もいい。
初めて「星間飛行」を聴いたとき、オレは歌詞の切れ方やそれにあわせたメロディラインの切り方(呼吸感覚のようなもの)、そして歌声と歌い方にマイ・リトル・ラバーのやってきた音楽と同質のものを感じたのだった。もちろん菅野よう子がマイ・リトル・ラバーの既出の曲をパクったわけではない。マイ・リトル・ラバーの発表した曲に「星間飛行」と似た曲はないのだから。にもかかわらず、オレは「あ、マイ・リトル・ラバーだ」って感じたのだった。そして「星間旅行」のマイ・リトル・ラバー・バージョンがあったら、聴いてみたいのになあと思ったのだった(ドンピシャハマちゃうと思うぜ)。
マイ・リトル・ラバーが「evergreen」を発表したのが95年。そのころに生まれたマイ・リトル・ラバーを知らない子供たちが、中学生くらいになったとき、「マクロスF」を見て、「星間飛行」に感動したのだ。
で、おっさんのオレはマクロスFを見て、「ああまたマイ・リトル・ラバーが聴きたくなったなー」と思うわけだった。「星間飛行」のような感じの曲が好きなリスナーだったら、きっとマイ・リトル・ラバーも気にいると思うな。
というわけで、中島愛の「星間飛行」好きのアナタが、もしまだテーンエイジャーで、「マイ・リトル・ラバーは知らない」とおっしゃるなら、一度You Tubeなんぞで試聴してみるといいと思うぜ。
p.s.1 スターダストレビューに「夜間飛行」という名曲があったな。オレ実は彼らの「Thank you」というアルバムが好きで、「夜間飛行」とならんで「スーパーソニック」も好きだった。でもこれらは根本さんの歌じゃないんだよね。三谷さんつう人の曲で。若いころ「夜間飛行」と「スーパーソニック」が聴きたいがために、わざわざ夜、青島、日南海岸方面へ----昔宮崎市に住んでいたもんでね----ドライブしたもんだ。この2曲はオレにとって「夜に聴く曲」だった。
p.s.2 オレが、My Little Loverで一番好きな曲は「Yes」。これも昔車んなかで、ヘッドバンギングしながら聴いたもんだ。「メタルでもないのにそれっておかしくね?」って言うのか、アンタ。いいんだよ、それで。
p.s.3 っていうか誰かMy Little Loverの曲使ってマクロスFのMAD作ってくんないかな。 -
オレは貧乏なので、使っているパソコンはみな中古品ばかりだった。
ごく最近までノートパソコンはIBMのThinkPadR31というかなり古いモデルを使っていたのだが、ハードディスクの音とか調子が悪くなってきたので、いつ壊れてもネットアクセスに支障がないようにと、前もってネットで中古品を物色し、値段のわりに性能のいいCPU(モバイル インテル(R) Pentium(R) 4 プロセッサ 2.50GHz)が載っていると感じた富士通のFMV-7000NA5(XP pro仕様)を送料込みで17000円ほどで買った。
たしかに動画再生はスムーズになった。「仮想メモリが足りません」とかそんな表示もでなくなったのは、よかったのだが、このパソコン、音質方面に手抜きがある。(あとでネットで調べたら、富士通のノートパソコンの音質の悪さについての記事がたくさん出てきた。買うのを決める前に「これはどんなパソコンなのか」をチェックしておくべきだったよ。)
このパソコンの一番不思議な点は、You Tube再生時に特に音質がひどくなるという点だ。
再生中の音にブツ、ブツ、ボツ、ボツと奇妙な雑音が混じる。
「ああ、ほんとYou Tubeって音質わりーなー」とか最初はYou Tubeのせいにしてパソコン側の「落度」は疑わなかったのだが、ひさびさThinkPadの方でアクセスしてYou Tubeに行ったら、その音質の「クリア」なこと。ブツブツ、ボツボツなんて音は混じらない。デスクトップパソコン(hp コンパック)で確認しても、FMV-7000NA5のようなブツボツ音はでなかった。ThinkPad同様にまことにクリアな音質。
「しまった。買い物に失敗した」と思ったが、すでにおそい。
もし、オレ同様に貧乏なアナタが、オレ同様に中古パソコンを探していて、たまたまFMV-7000NA5をネット上で発見し、これでもってAV生活----誤解すんなよな----を満喫したいと思っているなら、オレはおすすめしない。
ネットで「You Tube再生時におけるブツブツ音解消の裏技」とかないものかと探したが、今のところ見つからない。ということで、「オレはこれでガマンするしかない」のだった。原因について専門家の意見も聞きたいところだが、この事例はかなり特殊な事例なので、難しいかもね。
まあ、You Tubeにアクセスしないなら、別に問題はないのだがね。
p.s.1 そうそうこれも言っておかねば。FMV-7000NA5の液晶の色調だけど、白っぽい。蛍光灯でいうと昼白色系。バウンドヘッドのブログの写真の背景が白だと、ブログの背景色にほとんどまぎれてしまうくらい、緑系の色が薄い表示になってしまう。ThinkPadの方は色味がブルーがかっていて、蛍光灯で言えば昼光色。こちらだと、色調の違いがはっきり出る。音質問題に加えて色調問題においても、CPUの性能自体は劣っているThinkPadR31の方が上。どういうこと、これ?・・・・・。
p.s.2 背景の色の薄さは、液晶パネルの開き具合(角度)によるのだった。このパソコンはThinkPadR31よりも、パネルをもっと向こう側へ寝かせるような開き具合で使わないと、色がこちらに正しく見えない作りになっている。
p.s.3 実はこのパソコン、You Tube再生時だけでなく、You Tube時ほどではないが、ハードディスク内のmp3音源を鳴らすときにも、ブツブツ音がする。だが、最近試しにヤフオクでUSBサウンドアダプター(480円)というものをゲットして、これにヘッドフォンをつないで聴いてみるとブツブツ音声がなくなったではないか。オレのは安物で高音質とはいえないが(やはりThinkPad R31の音声には負けている)、高性能のUSBサウンドアダプターをつなげば今までの悩みは改善することが分かったよ。 -
「テガミバチ」(ってオレはGYAOで見てるけど)、なんかとても不思議な雰囲気のあるアニメだ。
ハチの象徴、生き別れた母を見つけたいと思っている「泣き虫な少年」(もちろん親友ゴーシュの発見の旅というテーマもある)と言ったら、タツノコプロのあの作品を誰もが思い浮かべる。そして映画「ポストマン」的な手紙をめぐる、人々の感激シーン。主人公ラグ・シーイング(沢城みゆき)のゲゲゲの鬼太郎的髪型と銀魂の銀さんのような髪の色をした一群の種族。いろんなアニメでよく見かけるようになった「記号化されたツンデレ少女デザイン」。それに「ツンデレの女王」の声を彷彿とさせる声の演技(藤村歩)などなど。およそ「引用」というテーマで挙げていけば、きりがないほどにいろんな要素が呼び集められて出来たアニメだ。だがこれは、どれもみな意図的に分かってやっているのだと思われる。
この作品は、いろんな他作品への連想が思い浮かぶ作品だけど、オレの言うところの「パロディ・コメディ」とはちょっと違う。たとえばアナタが虫の名前が酒の銘柄から取られていることに気がついたとしても、あなたは少しも笑えないはずである。このアニメは、コメディの要素はあってもパロディ劇を作劇の要素にはしていないからである。ポイントは毎回「泣きの要素」を入れること。(泣いてる人をそばで見るだけで「もらい泣き」する人がいるよな。そういう「もらい泣き効果」も入ってるアニメなのだった。)
だが今回のオレの関心は前回までのエントリーのような「引用元探し」ではないのだった。
「テガミバチにはオレの大好きなキャラが登場する」
ということを、ただ言いたいがために、このエントリーを思いついたのだった。
オレの一押しキャラ、それは、ツンデレ・ディンゴのニッチの頭の上に乗っている愛嬌のある小動物ステーキなのだった。特に第5話でニッチがステーキを焼いて食おうとするシーンの面白さは「ショッキング」だった。
以下、ニッチが「がんばっておいしく焼けるか?」とたずねると、涙ぐみながら独特の声(永澤菜教)でうなずくステーキ。
さらにぶっとぶすばらしいシーンが、以下の、フライパンの上で焼けていく陶酔感に酔いしれるがごときステーキの身もだえシーン。
オレは第5話の、この「すばらしいシークエンス」にぶっとんで以来、アニメ「テガミバチ」を「真剣」に見るようになったのだった。
オレ以外にも、ステーキ・ファンっているのだろうか?