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Posted by バウンドヘッド - 2010.07.17,Sat
「マクロス7」を見て「ブラスレイター」、次に「強殖装甲ガイバー」ときて、いま「忘念のザムド」第2話を見終ったところ。飛行艇や登場人物の少女、あるいは衣装とか、すごくジブリ臭のする出だしだったけど----一話目の挿入歌とかもろジブリじゃないか----たしかに絵的には制作のボンズ風の色とキャラ絵と線描なんだけど、半分ジブリ系のニュアンスに侵食を受けているという印象がどうしてもぬぐえない。これってどういうことなんだろうか。

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まあ、トリビア系の話は全体を見終わって、いつものように最後の仕上げとしてウィキペディアで情報チェックとかすると、見えてくるものもあるのかもしれない。

いつものように、まったくの前情報なしで見始めたアニメなんだけど、先がどう展開するのか非常にたのしみなアニメって感じがしている。

p.s.1  「忘念のザムド」今22話まできたけど、この22話のエンドロールのクレジットにスタジオジブリって出てるのに気がついた(遅すぎるっつーの)。なーんだ、スタジオジブリも制作に加わっていたんじゃないか。EDはいつも絵の部分ばかり見て----ってそれさえテキトー----クレジットはほとんど見てない(でも声優はチェックする習慣はあり)ウカツなオレでした。なので1話目で感じたジブリ臭はちゃんとワケがあったんだね。

p.s.2  「忘念のザムド」とは「ある特殊な民族が担う巨大な人身御供宗教の終焉」を描いたドラマだったのだろうか。オレには怒涛の後半部はよく意味がつかめなかった。

p.s.3  注目ボイスは現実世界でも子供をやってる本城雄太郎。脇役だが、ほんとにたくさんのセリフをしゃべってたね。本物の子供の声には「ミルク成分」が混じっている。それはそれでとても聴いててここちいいもんだ。この声どこかで聴いたことがあるような、と思いチェックしてみたら、「RED GARDEN」のポール役だった。いやー、なつかしい。ローズの弟のポールと妹キャリー。キャリー役の諸星すみれの「ローズ、ローズ」と呼ぶ声は今でも心に残っている。「クッキンアイドル」のアニメのキャラも「本物の子供たち」が演じてるよね。「なんじゃこりゃー」と叫んだり。みんな声の周波数にミルク成分が混じってるよね。当ブログでは子供の声優については「capeta」の時にちょっと書いたね。

p.s.4  「RED GARDEN」といえば、クレア役の沢城みゆきだね。オレにとって沢城みゆきといえば、クレア役の発見から始まったのだった。
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Posted by バウンドヘッド - 2010.07.01,Thu
ついに7月になっちまったか。6月は一本も記事を書かなかったよ(なんか忙しくてあわただしくて、おまけにビンボーでさ)。

現在「マクロス7」を見ているところ。「マクロスF」で「星間飛行」に引用されているディープパープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の話をしたけど、「マクロス7」でもデープ・パープルの「BURN」を彷彿とさせる曲が使われてるね。ってことは、菅野さんがデープパープルを引用したのは、ちゃんと前作からの受け継ぎというか「伝統」に沿っていたわけだね。

マクロス・シリーズの第1作目は見ていないので、「見ることのできる機会」があれば、ぜひチェックしたいところだな。

あと新房昭之監督の「月詠」も見たよ。確かにドリフターズだった。「8時だよ 全員集合」からの引用。魔法アニメに出てくる召喚金ダライの淵源が「ドリフターズ番組(舞台物)にあった」なんて、おもしろい結論だよなあ。このアニメでは金ダライは召喚されて出現するのではなくて、舞台の上方から勝手に落ちてくる。つまりここではまだ、ドリフターズの舞台劇の引用として、当作品に持ち込まれたものだった。それが他の作品群で「召喚によって上から降ってくる金ダライ」モチーフに変容する。

「ロザリオとバンパイア」のカプチュー行為との関連性も感じた。同じ監督作品で「ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド」も見たよ。「ダブル(ヒロインにそっくりなブラックヒロイン)の存在」というのは「Blood+」にも出てきたモチーフだけど、「月詠」もある意味「ダブル」のモチーフがあるよね。あ、そういう観点からだと、「ロザリオとバンパイア」もそうだね。

ところで、アニメ「銀魂」もドリフターズ・オマージュから始まったよな。

あと見たのが「にゃんこい」ね。主人公のキャラが「とある魔術の禁書目録」の主人公に似ていた。それに彼が通ってる学校名に「常盤」の文字が・・・・(もちろんこれはスピンオフ・アニメの「とある科学の超電磁砲」の常盤台中学との連想だが・・・・)。やっぱかぶってるじゃん。これについては、番組中でも「誰かに似ているなんてことはない」的な発言があったけど、やっぱ「とある魔術の禁書目録」を意識しての発言ってことでいいのかな?

あと「夏目友人帳」1期2期。両作品のEDの雰囲気が(曲のテンポとかも含めて)みごとに一致していたけど、これって大森貴弘監督が意図して「発注」した曲想だよね、きっと。てのも昔ギャオでやってた、これも大森監督の「赤ちゃんと僕」のEDとも曲想が似ているんだな。だから「ああ、そうなんだ、これは監督の趣味なんだろうな」と思った。

この作品は笑いはもちろんだけど毎回泣きの要素が入っていて、オレは好きなアニメだったな。それに「こういう妖怪物語もあるんだ」、と「妖怪描写の新しさ」にも感心したよ。もちろんこれは原作がそのように妖怪を扱っているからだけど。ところで、「にゃんこ先生」いいじゃないっすか。たぶんいろいろ「アドリブって」声の演技してたよね。初代にゃんこ先生といえば「いなかっぺ大将」ね。

6月は、新作はほとんど見てなかったな。っていうか、オレ1週間ごとに見ると前の話を忘れちゃうので、たいてい一気見しちゃうんだな。そのほうが感動も強まるしね。だから最近の作品は終了後しばらくして見るってのが、オレ流の作法なのだった。一話完結ものだとそうでもないけど、ストーリー物だとやっぱ一気見が伏線とその解決にも気がつきやすいし、話もよく分かるよね。

p.s.1  「マクロス7」のSecond ED 「・・・だけど ベイビー!!」を聴いたら、スパイラル・ライフのことを連想した。

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一般的に言ってスパイラル・ライフのことを知っている人はあまりおるまい。だがオレは彼らのアルバムの「spiral move」を初めて聴いたときに、その独特の音楽性にびっくりした口のニンゲンだ。マクロス7の「・・・だけど ベイビー!!」ってもしかしてスパイラル・ライフから影響受けてない?と感じたので、それぞれの公開時期を調べてみた。するとスパイラル・ライフの「spiral move」が94年の7月リリースで、マクロス7は94年の10月から始まっている。だから、この「思いつき」もまんざらありえない話ではないと思うんだな。
Posted by バウンドヘッド - 2010.05.26,Wed
これは面白い。
毎回パンチラ露出シーンがこれでもかこれでもかと出てくるが、その表現の仕方は、エロ的というより、もちろんギャグ的。
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「カレイドスター」で、女性の入浴・シャワーシーンを覗くのが大好きな妖精役をやった子安武人が、「でちゅ、でちゅ」言葉を使うアホなコウモリ役をやっている。この人、あの声でこんなアホ役もよくやるんだな。

「銀魂」が終わったあと、「ナハナハ、ダハダハ」と笑わせてくれるアニメに遭遇していなかったので、このアニメには「ひさびさ癒され」ました。(オレはずっとナハナハ、ダハダハ、言ってたと思う)。

2期のOPはモーション・キャプチャーでプロのダンサーの動きを取り入れたようだけど、ダンスってやっぱ「下半身」でしょ。脚の動きを見ることができないと(てか、結局全身の動きね)、よいのかどうか、面白いのかどうか、よく分からないよね。映像は上半身のアップが多用されていたので、もっと引きのシーンを使用してほしかった、と思う。

今回釘宮理恵がローテンション・ボイスで参加していたけど、オレンジヘアーのココアちゃんが「うるさい、うるさい、うるさい」とみぞれちゃん(釘宮理恵)に向かって言うところが、「灼眼のシャナ」を知っている人はニヤリとさせる箇所。あとタライばかり召喚する魔法使い少女とか、ニヤリとするよね。(ちなみに「ロザリオとバンパイア」が2008年、「よくわかる現代魔法」が2009年作。)

とにかく「ロザリオとバンパイア」は、「オレは笑いてーんだ」と、笑いに飢えている人にはお勧めできるアニメだぞ。

このアニメ2期の最終話まで、パンチラ落ちでしめるとこがすごい。かつ、それがすごく笑える「落とし方」なのだった。ココアちゃんがしゃがんでリリスの鏡を覗いているシーンが一瞬挿入されるが、まさにツボだった。

そのシーンはここでは紹介しない。自分の目で確かめて「まさにツボ」って感じで感心し、かつ笑っていただきたい。

p.s..1  ちなみにようやっと「魔法先生ネギま!」を見始めた。この作品2005年作なんだね。劇中で使われるBGMに聴き覚えがあった。それは2006年に放送された「ゼロの使い魔」のBGMに使用されたものと同じなのだった。それに「魔法先生ネギま!」に出てくるエヴァンジェリンの第一声(松岡由貴)を聴いたとき、最初オレは釘宮理恵かと勘違いした。もしかしたら、ああいう感じの声の演技って釘宮理恵的というより、一種の典型のようなものが以前から型として存在しているんだろうな。 

p.s.2  エヴァンジェリンのボディーガードの茶々丸がネギにデコピンを食らわせるシーンは、「ロザリオとバンパイア」での、モカのつくねへのデコピン・シーンに「引用」されているのではないだろうか。

p.s.3 「ロザリオとバンパイア」への、 さらにでっかい引用は「魔法先生ネギま!」の1話目で「公開」された神楽坂明日菜のはいてた「パンツの絵柄」ではないだろーか。あのクマさん顔は「ロザリオとバンパイアCAPU2」(2期)で、ココアちゃんのおケツの前に、モザイク代わりに頻繁に現れる(ちなみに1期ではコウモリの絵柄がモザイク代わりに使われている)。ココアちゃんって「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!」で言えば、ミチカみたいな立ち位置だな。いつもすごく頑張ってるんだけど、必ず返り討ちにあっちゃうようなところが・・・・・。そうそう、ココアは自転車をすごいスピードで走らせる。まるでハヤテくんみたいに、ってことで、いろいろ面白いアニメです。

p.s.4  「魔法先生ネギま!」のBGM、なんか種類がとても豊富だと感じるが・・・・。数系統の素材があるようだ。特にびっくりしたのがワールドミュージック系のBGMが頻繁に流れることだ。ディープフォレストとか、なかにはウィンダムヒルの「麗」みたいな感じのもある。以前、魔裟斗が出演した「忍者」という中国映画の音楽を担当した日本人音楽制作者に関心を持ったことがあるけど、こういう系統のBGMを作ってる日本人音楽家って名前が知られることがほとんどないよね。「職人」扱いの世界だもんね。この世界は。

p.s.5  「少女の眠る姿」については、以前「ハヤテのごとく!」関連で言及したけれど、「魔法先生ネギま!」のEDの画像が、まさに少女たちの眠る姿集。日本のアニメ界の面白さというのは、こういうふうにして「同じモチーフが他作品に再び現れる」ところだよね。

p.s.6  2期の「ネギま!?」(2006年作)の第2話で、召喚された金だらいが頭の上にゴンゴンと落ちてくるシーンが出てきた。この「落ちてくる金だらいモチーフ」って「ネギま!?」が最初なのかな? 初出作品って何?  他人にはまったくどうでもいいオレの「問題意識」・・・・。君よ、あきれるな。だが君笑うとも、私の探求は続くのだよ。

p.s.7  しかし「ネギま」は、1期と2期の絵の違いがすごいね。オレとしては、絵に関しては断然1期派だな。「ゆるい学園生活描写」だって全然よかったよ。ウィキペディアによると、作画に関しては1期の制作内部でゴタゴタがあったようだけど、アニメ自体のセールス効果はよかったらしいじゃないですか。だって「押し付けてくる色彩」より「惹かれていく色彩」の方が心理的にはいいにきまってるじゃないですか。古来日本語にも「あくがれいづる」というような表現がある通りで・・・・。絵に「動きがある」とか「ない」とかいうようなことが問題の次元の話じゃないですよ、この「感覚の違い」は・・・・。関西と関東の薄味VS濃い味というか、水彩画(こっちから絵の方へ吸い込まれ系)VS油彩画(向こうから自己主張出っ張ってくる系)というか、女の色彩感覚VS男の色彩感覚というか、どっちにしても「女の子がカワイく見える」のは1期の絵の色彩感覚の方でしょう。この手の絵には「あくがれ効果」が内包されてなくっちゃダメでしょう、やっぱり。
Posted by バウンドヘッド - 2010.05.22,Sat
更新滞ってますが、その原因は、また「ゼロの使い魔」1期~3期に続けて、「灼眼のシャナ」(現在2期の中盤)を見直しているからだった。

とにかくアニメは次々と短いサイクルで新作が出てくるので、とてもじゃないがおっつかない。だからと言って、やみくもに新作を追いかけているわけでもない。

テレビアニメは、だいたい12、13話でワンクールというお約束事になっているようだけど、「灼眼のシャナ」は1期、2期とも24話だったので、「ゼロの使い魔」の方がワンクール分少ない。ということで、「ゼロの使い魔」は是非4期目に突入してもらいたいもんだ。「ゼロの使い魔」って初めて見たとき、特にゼロ戦なんかが登場した場面では、マーク・トゥエインの「アーサー王宮廷のヤンキー」を思い出させたけど、この小説も結構面白いよね。未読の人にはお勧め。

そうそう最近「喰霊-零-(ガレイ ゼロ)」ってアニメも見たんだが、なんとそこに「テガミバチ」の主人公ラグ・シーイングと同じような顔の造作を持ったキャラ(三途河カズヒロ)が登場したのを見て、「おお、ここにいたか」と思った。
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銀髪で普段は左目を髪で隠し、髪を上げると、石の義眼がはまっている。まさにラグ・シーイング。ゲゲゲの鬼太郎よりも、完璧にそっくりなルックスじゃないか。

ここからは近況。
職場の台所で簡単な料理をしていることはすでに書いたけど、なんと、どうしてもこの衝動を抑えきれず、ついに揚げ物系にも手を出すようになってしまった。といっても、卵をといたり、パン粉をつけたりとかは面倒なので、そういった下準備済みのものをスーパーで買ってきて、揚げ立てを食うという立ち位置だ。写真はチキンカツ。

とはいえ食事の用意は、自宅では昔から自分で----はなはだ簡単だか----やってたんで、自宅の所作を職場に持ち込んでいるにすぎないのだが・・・・。あったかいメシ、作りたてのおかずを食えるのはいいよ、貧乏でもね。

パン粉とか、つけずに済む唐揚げは、粉まぶし系(ビニール袋に粉と一緒にいれて振る方法ね)で揚げている。どっちにしても、スーパーなんぞにおいている作り置きのから揚げ類は、表面が油のせいなのか水分のせいなのか、しなっとなっててまずいよね。しかも高いし。だから揚げたてを食えるってのは最高だよ。カリカリしてて。

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チキンカツ1枚100円(3枚冷凍パック詰めモノじゃないよ。その日スーパーが下ごしらえしたやつ)。揚げると厚みはころもを含めると2~3cmくらいある、ボリューム満点の惣菜だ。本来なら半分に切って残りは冷蔵庫に戻し、節約するところだけど、今回はまるまる食いました。やっぱ量、オレには多すぎ。カツ類はカツカレーにも応用する。コンビニとか弁当屋だとカツカレー高いよね。このチキンカツをレトルトのカレーとあわせて、とりあえずカツカレー感覚にひたるということもよくやる。

そうそう、なめこの味噌汁も復活。パック100円のやつで味噌汁4杯分作ってますよ。実際にはパックの半分で2杯作り、1杯はその場で食べ、残りは冷蔵庫に入れて次の日に食うというサイクル。今回は冷蔵庫に残っていたコンソメスープをレンジで温めましたがね。

焼き魚系(サバとかサンマとかね)に手を出したいが、これはひどく魚くさくなるからねえ。やっぱ職場じゃできねえよな、残念だけど。

p.s.1 ちなみにご飯はかならず一合食う。つまり普通の茶碗二杯分。写真は大きめの茶碗に入った一合分のご飯。たいてい二合分炊いて半分を食べ、残りは冷蔵庫、次の日にレンジで温めて食っている。だから炊飯器の保温機能は使わない。

p.s.2  味噌汁はインスタントのダシ入り生ミソタイプを使っている。
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店によるけど、8個入りで約90円前後。だから一杯分でおよそ10~13円だ。だがこの品、ただそれだけだとワカメが入っているだけの美味しくないミソスープにすぎない。オレの場合、それをおいしくするために、あさげとゆうげを「合わせ」て使っている。初めて使ったときのことだが、あさげのみ、ゆうげのみの、単品使用だと「どこかパンチなき味」だったので、試しに合わせてみたら単品使用よりうまくなったのである。それ以来合わせ味噌式を用いている。具がないときは、最低でもタマネギは入れる。これでなんとかなる。ちょっと贅沢に、アサリだとかなめこだとか、ときには豚汁の具とかを用いると結構いけるミソスープになるよ。

p.s.3  レンジはカセットコンロを使っている。3本入り200~300円のガスボンベで一ヶ月持つ。つまり燃料代は月200~300円ってこった。もし職場に風呂とシャワーがあったら夏場は特に便利なんで、プロパンガス屋さんと契約するんだが、実質的に必要な燃料代がこの程度(3桁)で済むのに、無意味に4桁の基本料金を払うのは馬鹿馬鹿しいからね。

p.s.4 煮込み料理はしない。燃料費がかさむから。焼く、炒めるが基本。

p.s.5 そういえば、アニメ作品にも料理が下手というキャラ設定をもった女性キャラ多いよね。銀魂のお妙さん、テガミバチのゲボまずスープ嬢、今見てる「灼眼のシャナ」のヴィルヘルミナ嬢とか。小学生のころ、オレは「学校の給食はうまい」と思っていた。「給食の方がお袋の料理よりもおいしい」と。だが、周りの友達は皆「給食はまずい」という。長い間オレはその意味が理解できないでいたのだが、ある日ふと気がついた「ああ、そうか。あれはオレのお袋の料理がまずい」ということだったんだ。なんとオレはその事実に長い間、気がつかないでいたのだった。「お袋の料理はおいしいが、給食はもっとおいしい」と思っていたのだから。まあ、でも「お袋の料理はマズイ」などと面と向かって言ったことはないよ。

p.s.6 オレはグルメじゃないし、今食っているもので十分満足だけど、映画とかドラマとか見てると、突然「おお、オレも作ってみてー」などと思うことはあるよね。大昔「Vフォー・ヴェンデッタ」って映画で、仮面の男がフライパンで目玉焼きのトーストを作っているシーンがあったけど、フライパンの上で食パンがキツネ色になっていくシーンにいたく感心し、映画(レンタルだけどね)を見終わったあと、映画のシーン通りにやってみたら、ちっともその通りにならなかったのでへこみました。あれ以来、同じことをしたことはないのだが、ネットという便利なもののおかげで、検索すれば作り方出てるよね。今度作ってみよーっと。
Posted by バウンドヘッド - 2010.04.20,Tue
現在GYAOでは「魔法少女もの」を順次配信中である。現在配信中なのが「魔法のプリンセス ミンキーモモ」だが、その少し前の時期に「魔法のステージ ファンシーララ」という作品が配信されていた。

オレはこの作品のヒロイン、篠原みほの姿を最初に見たときにびっくりしたのだった。というのは、過去4作品のほかにもう一度、福沢祐巳に会えたような気がして、ものすごく得をした気分になったからだった。

「ファンシーララ」は大人に変身しても、少女の篠原みほ同様に問題にぶつかり悩む。彼女はただ大人になっただけで、内面はまったく篠原みほのままだからだ。そしてさまざまにこころを揺れ動かす。大人に変身するとスーパーガールになるモモとは、ヒロインの性格づけがまったく異なっている。

そして、揺れ動く篠原みほの心に焦点を当てて描いているという点でも、「マリア様がみてる」のヒロイン福沢祐巳の姿と重なって見えてしまうのだった。

篠原みほは小学3年生で、昔の幼児時代のように、ただただ無邪気ではいられなくなる9歳という「ルビコン川」を渡らなければならない微妙な年齢の子供だ。その心のあがったり、さがったりの描き方が「マリア様がみてる」をどこか彷彿とさせる。もちろん、「ファンシーララ」には「憧れのお姉さま」は出てこないが、なにか似たにおいを感じたのだ。

「ファンシーララ」が放送されたのは1998年(4月5日放送開始)で、実はこの年に「マリア様がみてる」の原作本が出版され始めている(4月24日刊行開始)。「マリア様がみてる」のアニメが最初にテレビで放送されたのは2004年。

福沢祐巳は「百面相をする」と言って「お姉さまたち」に面白がられる。
以下の絵を見てもらいたい。

これは第22話から取った篠原みほの画像。
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以下は「マリア様がみてる」の4期の第1話から取ってきた画像。
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小説「マリア様がみてる」からイラスト化された福沢祐巳の原型が、そこにあるじゃないか、とアナタは思わないだろうか。

もしアナタが「マリア様がみてる」のファンで、まだ「ファンシーララ」を見たことがないというのなら、ぜひ一度鑑賞してみることをお勧めする。これは「隠れた名作」ある。そして、オレにとってこの作品は「マリア様がみてる」同様、「また見たくなるアニメ」のひとつになったのだった。

p.s.1  「ファンシーララ」にはピグ(ボケ役)とモグ(突込み役)という妖精が出てくるが、ピグの声とセリフ回しが実に面白い。「あー叫びてー、アー」とか「寿司食いてー」とか、そういうなんということもないセリフを吐くだけなのに、実に愛嬌があってかつ笑える。ピグとモグってピグモンという怪獣の名前からヒントを得たのかな?

p.s.2  ヒロインの声は当時14歳くらいだった大森玲子。この人がOPテーマもEDテーマも歌ってる。監督が大森貴弘(最近だとデュラララ!!の監督だね)、で歌の歌詞の作者として大森祥子、この3人の大森って関係あるのかな?  大森玲子はあとで相原玲に改名してるね。

p.s.3  「マリア様がみてる」のOPとEDは4期になると、それまでのものとはまったく雰囲気が変わってしまうが、実はOPもEDも4期のものが一番好きだ。OPで好きなシーンが島津由乃が片腕を挙げてくるっと回転するシーンと、あと温室での福沢祐巳のひょうきんな振る舞い。歌もとてもいいよね。EDの歌もいいね。歌詞は原作者の今野緒雪が書いてるけど、まさに4期で演じられるドラマの核心部が歌われているね。4期全体を見終わったあとで、歌詞の内容を振り返ると、またしみじみとすると思うよ。

p.s.4  GYAOでやってた大森貴弘監督の「赤ちゃんと僕」も名作だよね。小学5年生の男の子の「子育て奮戦記」なんて、びっくりするテーマだ。しかもこのアニメ、見る者の涙腺をあったかく刺激する。弟の実(みのる)かわいい。EDテーマを熊谷幸子がやってたことも大発見。

p.s.5  ええっ、「マリア様がみてる」実写化だって・・・・(本日4/26初めて知った)。なんちゅうこと。でもまだまだこのシリーズは忘れられていないって証拠だな。映画化が宣伝になって、「アニメも見てみようか」って人が、新たなアニメ版のファンになってくれるとうれしいっすね。ってか、地元では、TSUTAYAにしろGEOにしろ、4期全部そろってるところ、なかったぞ。1期のみとか、1期と4期のみとか、変なそろえ方。たぶん全国的にそうだろ、この状況は。なんとかしてくださいよ、全国のレンタル店仕入れ担当者の方々。

p.s.6  アニメのEDに入る前にすでにテーマのイントロを前もって流し始める手法を始めて取り入れたのが、「シティーハンター」だそうだ。同じ手法が「ファンシーララ」「赤ちゃんと僕」でも使われているね。でもウィキペディアの「ファンシーララ」の該当箇所を読んで、まっさきに思い浮かんだアニメは「蒼穹のファフナー」の、あの印象的なEDだった。実は「シティーハンター」、以前GYAOでやってたけど、見てないのだった。
Posted by バウンドヘッド - 2010.04.08,Thu

アニメ版や実写版の時代劇(舞台が西洋であれ日本であれ、あるいは架空の世界であれ)をつらつら見てきて、どうにも気になるのが、「おっしゃる」と「申す」の使い方の「?(ハテナ)的展開」。特に身分制度が厳然としてあった時代劇物で頻繁に耳にするのが、身分の低い者(商人や家来など)が身分の高い者(武士や殿様など)に「と申されますと・・・・・」などと返答する箇所。

こういう「返答」をきくたんびに、「そこは『とおっしゃいますと・・・・・』じゃない?」とか突っ込みをいれたくなる。当ブログにこられる読者の中にも「同じ違和感体験」をした方はおられると思う。

殿様あるいは武士が、家来や町人百姓の発言に対して「と申すか・・・・」----でも「申されますか」になったらもはや変----というならかまわないが、シナリオライターの多くが、この敬語表現の機微をよくつかんでいないままシナリオを書き、そのシナリオを渡された誰もが----監督、役者、声優ほか、さまざまな制作関係者たちが----「この言い方って変じゃない?」ってチェックをいれないまま、シナリオを担当したライターの「言語感覚」、つまり「変な日本語」が通っちゃうって現状はよくない傾向だと思う。

みな高校の古典の授業で源氏物語などをテキストに敬語を学習したと思うが、あれはほんと複雑怪奇で大変だったよね。「と申される」という言い回し----「申す」のあとに「れる」という尊敬の助動詞が来てよい場合----が許されるのは、ある主君に使えている家来1のそのまた家来2が、手紙文とか文書のなかで自分の直接のあるじ(家来1)の主君に対する言動を他者に文書で伝えるような場合だ。

わがあるじ(家来1)が主君に対して何々と申されました。(家来2が第三者に送った手紙文)

この場合なら「申す」のあとに「れる」が続いてもまったく問題ない。そのときの「申す」は家来1が主君に対してへりくだる態度であって、そのあとに続く「れる」は文書を書いている家来2が自分のあるじ(家来1)に対してへりくだっているのだ。目の前の主君に対して「と申されますか」というような変な表現を「物事の分かっている家来2」は恐れ多くて言えるわけがない。こういうことを平気でやるのは「身分制度下の社会」で生きていない新しい日本人たちである。というか高校時代の古典の授業(源氏物語)をまじめにやらなかった現シナリオライターたちね。目の前にいるエライ人に対する 「と申されますと」という言い回しはあまりにもいろんな作品で「耳にする表現」なので、制作側にも「チェック能力を有している者」がいないのかな、とか思う。年配の俳優さん、声優さんとかも「そのまんまのシナリオ通りに読んでいる」ようなので、たとえ気づいていたとしても、「あえて黙っている」のだろーかと勘繰りたくなるほどの奇妙さだ。

そのあたりのこと、今まで考えずにアニメとか実写ドラマとか映画とか見てきた人は、今度気をつけてセリフを聞いてみるといい。「申す」の使い方が変なシナリオがたくさん存在していることに気がつくだろうから。

この辺のことは監督さんを含め、もう一度気をつけてシナリオを読み直してみるように、業界的に「注意報」を出しておいた方がいいと、オレは思うんだけどな・・・・・。

 

Posted by バウンドヘッド - 2010.03.30,Tue
capetaを見た。
GYAOで何度も配信されてきたが、見る余裕がなくて後回しにしてきた。だが、最近全エピソードを見終わった。

レースシーンの演出が出色で、ほんと気がつくと、映像を見ながら自分の体に力が入っている。でもそれは、オレだけじゃなく、誰が見ても、あの演出にはそんなふうな「無意識の身体反応」が起こっちゃうと思う。

小学生時代の声は「精霊の守り人」でチャグムをやった少年(安達直人)と同じなのを知って、これもうれしい発見だった。確かに子供時代の声を「本物の子供」にやらせるってのもありだ。

このアニメの2ND ED、鈴木茂波大フィーチャーの映像演出がオレはいたく気に入ってしまって、これはもうこれでひとつの作品だよなって思った。このEDの出だしは下の絵にあるような、何枚かの鈴木茂波のキメポーズを順番に並べたシーンから始まる(この流れもいい)、だが、このあと自宅の勉強部屋での様子がなんかすごくいいのだった。アニメワンでやってる「トライガン」(てかもうすぐ終わるけど)のOPでメリル・ストライフがタイプライターを打つシーンがあるけど(実はこのシーンが好きでね、手がひらひらと動く絵の動かし方が)、鈴木茂波の自室シーンを見て、オレはこのタイプライター・シーンを連想したのだった。なぜだろーか?

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それにこのED「ナナナビゲーション」の抑揚をおさえた歌声は、どこかボーカロイドっぽい感じさえあって、この生声部分をメイコ・ボーカロイドに変えて歌ってもらったら、印象がどうかわるだろうかとかも思ったりした。

原作はまだ進行中のようだけど、アニメの続編ができたらうれしいよね。ぜひ作ってもらえないかなあ。

p.s.1  ペットの小猿のサルッキーってかわいいけど、なんか小さな小さな人間の男の子が気ぐるみ着てるような人間の子供くさい顔つきをしてるよな。
Posted by バウンドヘッド - 2010.03.11,Thu
今回もまたまた引用元探しである。
11話でナゾを残したままテレビ版を終了させて、その後は映画へ誘導って、それはないよ。

監督は、テレビアニメ版の「攻殻機動隊」とか「精霊の守り人」を監督をした神山健治。筋立ての感じが、「今日の政治経済状況への連想を起こさせるような仕掛けを持ったシナリオ仕立て」と「事件のナゾを追う登場人物たちの描写」という点で、以前監督をしたテレビアニメ版の「攻殻機動隊」シリーズと似た構造をしていると感じた。「攻殻機動隊」でタチコマ役をした玉川砂記子がジュイス役として出てるしネ。

昔地元の延岡で竜巻が発生したことがあった。横転した電車の映像をもしかしたら覚えている人もいるかもしれない。突然ヒューヒューと風のうなる声が聞こえ始め、チリチリチリという細かい砂塵のようなものが家の外壁に当たっているような音を感じた。あと30mほど進路が平行に北へずれていたら、オレの家の天井がふっとんでいたくらい、すぐ近くを竜巻が通りすぎたのだった。

以下はネットから拾ってきた竜巻進路図。
オレは当時、竜巻発生地点に近い緑ヶ丘(地図では右下)に住んでいた。
tatumakinobeoka.JPG
















「あのチリチリ音は竜巻の外縁部で、風が運んだ砂塵が鳴る音だったんだ」と気がついたのは、テレビニュースを見た後だった。当時地元の夕刊紙が竜巻の目撃者の話として「まるでたくさんの黒いカラスの群れが飛んでいくように見えた」という話を伝えている。

オレは旧BBS(廃止済み)で、その話をもとに、ちょうどその当時DVDで借りて見たロシア映画の「ナイトウォッチ」の画像の話をした。ビルの屋上から立ち上るカラスの群れのような竜巻の映像である。
nightwatch.JPG















オレが上記の画像に連想が飛んだのが、「東のエデン」第5話の以下の画像である。
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カラスの規模としてはまことに微々たる数だが、この絵を見た瞬間なぜだかすぐに「ナイトウォッチ」のあの画像に意識が接続したのだった。もしかしたら、神山監督は「ナイトウォッチ」から引用したのではないのかもしれない。だからこれはオレの提示する参考意見程度のものとして受け取ってもらいたい。

だが第6話の「机のシャッターを上げてしゃべくる男」の登場の仕方は、あきらかに黒澤明監督の「椿三十郎」からの引用だろう。

このアニメ、11話という話数はまことに少ない。せめて26話ものとして作ってほしかったなあ、と、これはバウンドヘッドの願望である。

p.s.1  ちなみに「東のエデン」の上記画像は以下の韓国の化粧品CMが流れるサイトからとってきたものだ。
etudehouse.JPG















ETUDE HOUSEって韓国ではどういう位置にある化粧品会社なんだろうねえ。ちなみにバックで流れている曲は、カプセル系っていうか、中田ヤスタカ----Perfumeの楽曲提供者と言ったほうが分かるかな?----系の音楽だったな。

p.s.2  「菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』 」と題する記事をたまたま見つけたのでこのページに付け加えておこう。
Posted by バウンドヘッド - 2010.02.08,Mon

今日やっと「崖の上のポニョ」を見た。例によって一切の前知識なしで見た(オレが前もって知っていたのはテーマソングの最初の4小節と人魚姫に似た話だってくらいのもんだった)。

ポニョが女の子の姿で海上を駆けてくるシーンで使われた音楽が妙に心にひっかかった(それは違和感だったのかもしれない)。「なんか妙にワーグナーっぽい音楽使ってんな。でもなんでここでワーグナーなんだろう」と・・・・・。それにそのときのポニョの走り方が、あの『未来少年コナン』でコナンが巨大な飛行艇の翼の上を走っていた姿とだぶっても見えた。
runnningponyo.JPG














で鑑賞終了後、詳細を確認しようと思い、ウィキペデアに行ったら、ちゃんとワーグナーの話が出ていた。

ああ、そうなんだ。でも奇妙なことだ。確か宮崎駿監督は『もののけ姫』の公開後のNHKのドキュメンタリーで北欧神話の話----「ヴァルハラでうんぬん」というような内容だった----をしていたよな。そのときもオレには「ヴァルハラの話」は「唐突な挿入」に聞こえたけど、その心理的関心を今日まで延々と持ち続け、なんとこの童話系アニメにまでワーグナーというワン・クッションを入れることで、その当時からずっと自分のこころに絡まり続けてきた神話的(あるいは秘儀的)関心を「唐突な挿入」として持ち込んじゃったんだ、と思った。

さらに驚いたのは、最近オレがこのブログで報告した「オフィーリア」の絵の話がウィキペデアの「崖の上のポニョ」の説明文のなかに出てきたことだった。彼はジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」に感銘を受けたと書いている。なんてこった。もっとはやく「崖の上のポニョ」を見ていたら、このアニメ関連からもっと簡単に「オフィーリア」にたどり着けたのに、と思った。

それから押井守監督のコメントがネット上に上げられていたのをたまたま聴いた。宮崎駿監督と押井守監督はいつも互いの作品に対してけっこうキツいこと言いあってる気がするな。「デヴォン紀の海」だったけ? 水面下で古代魚が悠々と泳ぐシーン。でも押井守監督がその作品を作ったためにしばらく仕事をほされたという「天使のたまご」にも、古代魚が悠々と泳ぐシーンが出てくる。コメントにはなかったが、あのシーンを見た押井監督はひそかに自分の作品の古代魚シーンを連想したんじゃなかろうか。ちなみに「天使のたまご」の宮崎駿評は「努力は認めるが理解されない」だったっけ?。今回の宮崎作品に対する押井守評は「老人の妄想」だった。

だが「老人の妄想系童話」なら、「不思議の国のアリス」という話もある。

ウィキペディアによると、「崖の上のポニョ」ではエピソードを大胆にカットしたと宮崎監督は言っていたらしい。この作品を映画としてではなく、もっとじっくり腰をすえて、テレビアニメ様式でさまざまなエピソードに彩られた13話、あるいは26話、あるいは52話のアニメとして制作できたなら、つまりポニョの苦闘をポニョの心理を丹念に追っていけたら、最後のキスシーンは大感動シーンに姿を変えたんじゃないだろうか。ああハッピーエンドでよかったという思いだけではなく、「それに加えて」きっと人々はうれしい涙を流したに違いない。大人たちばかりではなく、もちろんポニョと同じくらいの年齢の子供たちが「ほんとうによかったね、ポニョ」と言いながら。

しかしこの短い尺のなかのわずかなエピソードの積み重ねの中からは、鑑賞者たちは、ポニョの情熱、ポニョの苦悩、ポニョの悲しみと喜びに共感することはまったくできなかったにちがいない。

この映画のポニョは「思いついたら」なんでもやすやすと突破してしまう。これでは5歳の幼児たちは「ああっ、危ない。ポニョがんばれ。ポニョ逃げろ。ポニョ、後ろー」とか言いながら、物語の中に入り込んで「ポニョとともに旅をする」ことはできなかったろう。

だから映画のラストシーンは人々に感動をもたらさないつけたしのようなもの----テレビアニメで言えば、原作が終了していないので、便宜的につけた足早に進むラスト・シークエンスのようなもの----になってしまったように思う。宮崎監督は「エピソードの積み重ねによる起伏を物語に持ち込むという定石を拒絶したかった」というような趣旨のことを言っているが、その試みは成功したとは、やはり言えないだろう。

「未来少年コナン」の話をさっきもしたが、あの話のエピソードのいくつかを大胆にカットして----話のつながりが追えないくらいに大胆なカットでつなぎ、「巨大飛行艇ギガントの翼の上を走るコナンの姿」や「あの有名な津波シーン」は必ずいれるというような編集をして----1時間40分ほどの映画にしたら、たぶん感動は半減する。あるいは「意味不明な映画」に変貌するだろう。オレには「崖の上のポニョ」はそういう構造をしたアニメだったように思う。「ほんとうの崖の上のポニョ」は全13話、あるいは26話あるいは52話で出来ていたのだ。それを宮崎監督はいきなり映画版に再編集したのだった。

オレにはそう思えてならない惜しい作品だった。

もしアナタが「この物語には納得できねー派」だったとしたら----というのはこの映画をとても満足して見終えた人々もたくさん存在するのもまた事実だろうから----地上界では宮崎駿によって大胆にカットされてしまった、ヴァルハラの神々と戦士たちにのみ読むことが許されている、霊界(理念界)にのみ存在している「崖の上のポニョ」というお話の真の全体像、その膨大なエピソードを自分なりに空想し、アナタも13話バージョンのポニョ、26話バージョンのポニョ、52話バージョンのポニョを、つまり自分の空想上の「崖の上のポニョ」を作ってみるといいと思う。もちろんこの映画では登場してこなかったたくさんのキャラクターも空想しつつ・・・・・。そうすれば「人間になることと引き換えにポニョが失わなければならなかった魔法の力」が、ふたたび「アナタの中で復活し」、この物語のラストを「本当のラストシーン」に変容させてくれるに違いない。

p.s.1  ところで押井監督の「スカイクロラ」まだ見てないのだった。ていうか最近「映画自体」を----っていってもオレの場合、レンタルDVDメインだけど----見てないっすよ。シリーズ物のアニメばっか見てるんで・・・・。押井監督もスターウォーズ・シリーズを全部見ていないってような話をしてましたね。

p.s.2  宮崎監督には「頑固じいさんモード」には入ってほしくないですよ。なんせ「ハイジ効果」という用語を思いつくきっかけをくれたのは宮崎監督が若いころ手がけたあの有名な「アルプスの少女ハイジ」なんですから。

p.s.3  でもジブリはあの絵柄から----ジブリは基本的に1類類の絵柄(定石)しか持っていない----自由になれないんだろうな、これからも。

p.s.4  昨夜また「風の谷のナウシカ」をやってたようだね。内容が映画版とは違う原作の宮崎駿自筆の漫画がいいよね。もちろん映画版も傑作だけど。でも、オレにとってあの漫画の魅力は、ナウシカと巨神兵との交流、もうその一事に尽きる。オレは巨神兵ファンなので。

p.s. 5  実を言うと「秘儀の歴史」から言えば、遥か以前「(現在のような状態の)人間になるために魔術的な能力を失った」のは「人間」そのものなのだった・・・・・と、これはシュタイナーファンなら、了解済みの人間秘史だったね。

Posted by バウンドヘッド - 2010.02.07,Sun
「マクロスF」についてはネット上でいくつか記事を読んだことはあったのだが、最近まで作品そのものを見たことがなかった。レンタル店に行く機会があるときは、「次回こそ借りて帰ろう」と思うのだが、そのたんびに違う作品を借りて帰っていた。

で、やっと今回「マクロスF」を見たのだった。(とはいえ、シリーズ第1作目の「超時空要塞マクロス」は見ていない。)

それで実際に視聴して一番残念に思ったのは、12話で初めて登場するランカ・リー(中島愛)の歌う「星間飛行」を、以前すでにオレはYou Tubeで聴いてしまっていたということだった。この名曲をまったく知らず、12話の「あの場面」でいきなり聴かされたら、この12話は、オレにとっては相当にショッキングなエピソードになっていたのになあ、と思うからだった。

ランカ・リー(中島愛) 星間飛行
rankalee.JPG















実を言うと、初めて「星間飛行」を聴いたとき、「あれ、これってマイ・リトル・ラバーの曲?」って思ったのだった。作詞は松本隆。うん、曲調とつき合わせて考えるとこれは分かる。だが、作曲は菅野よう子じゃないか。このメロディは菅野よう子の生来の呼吸感覚から作られた曲じゃないよね。まさしく「これぞみごとな職人仕事」って言いたいくらいの、クライアントの要求を上回る上出来の曲だったと思う。それに、おっさん世代をにやっとさせるディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」をアレンジにしのばせる遊び心もいい。

初めて「星間飛行」を聴いたとき、オレは歌詞の切れ方やそれにあわせたメロディラインの切り方(呼吸感覚のようなもの)、そして歌声と歌い方にマイ・リトル・ラバーのやってきた音楽と同質のものを感じたのだった。もちろん菅野よう子がマイ・リトル・ラバーの既出の曲をパクったわけではない。マイ・リトル・ラバーの発表した曲に「星間飛行」と似た曲はないのだから。にもかかわらず、オレは「あ、マイ・リトル・ラバーだ」って感じたのだった。そして「星間旅行」のマイ・リトル・ラバー・バージョンがあったら、聴いてみたいのになあと思ったのだった(ドンピシャハマちゃうと思うぜ)。

マイ・リトル・ラバーが「evergreen」を発表したのが95年。そのころに生まれたマイ・リトル・ラバーを知らない子供たちが、中学生くらいになったとき、「マクロスF」を見て、「星間飛行」に感動したのだ。

で、おっさんのオレはマクロスFを見て、「ああまたマイ・リトル・ラバーが聴きたくなったなー」と思うわけだった。「星間飛行」のような感じの曲が好きなリスナーだったら、きっとマイ・リトル・ラバーも気にいると思うな。

というわけで、中島愛の「星間飛行」好きのアナタが、もしまだテーンエイジャーで、「マイ・リトル・ラバーは知らない」とおっしゃるなら、一度You Tubeなんぞで試聴してみるといいと思うぜ。

p.s.1 スターダストレビューに「夜間飛行」という名曲があったな。オレ実は彼らの「Thank you」というアルバムが好きで、「夜間飛行」とならんで「スーパーソニック」も好きだった。でもこれらは根本さんの歌じゃないんだよね。三谷さんつう人の曲で。若いころ「夜間飛行」と「スーパーソニック」が聴きたいがために、わざわざ夜、青島、日南海岸方面へ----昔宮崎市に住んでいたもんでね----ドライブしたもんだ。この2曲はオレにとって「夜に聴く曲」だった。

p.s.2  オレが、My Little Loverで一番好きな曲は「Yes」。これも昔車んなかで、ヘッドバンギングしながら聴いたもんだ。「メタルでもないのにそれっておかしくね?」って言うのか、アンタ。いいんだよ、それで。

p.s.3  っていうか誰かMy Little Loverの曲使ってマクロスFのMAD作ってくんないかな。
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一応ロックファンですが、でも実は70年代のアコギものLPもよく家で聴いてます。邦楽だと日暮しの『ありふれた出来事』、洋楽だとアメリカの『名前のない馬』が、私のイチオシ・アルバムです。
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